天狗信仰の霊山、高尾山

修験道場でもある高尾山では、常に小天狗(右)と大天狗(左)がセットになっている。撮影:森山雅智
観光地として人気の東京・高尾山は正式名称を「高尾山薬王院有喜寺(やくおういんゆうきじ)」といい、天狗信仰の霊山です。國學院大學文学部准教授の飯倉義之(いいくら・よしゆき)さんに、高尾山の来歴を教えてもらいました。

 
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伝説の山、高尾山には、赤い顔の大天狗と青い顔の小天狗がいます。一般的に、赤い顔で鼻の高い天狗は、修行を積んでさまざまな力を持った天狗、青い顔で口が鳥のようになっている天狗は、まだ若くて修行中、といわれています。
この天狗は、高尾山で修験道の修行を積んで力を得た、山伏の姿と重ねて考えられることもあります。山伏の修行は、山中に入り、滝に打たれたり、火を燃やして祈ったり、その火の上を素足で歩く火渡りをしたり、険しい岩を登ったり、という荒行です。山伏たちも、いつか天狗になれるのではないかと、勇気を持って修行に励んできたのかもしれません。高尾山では今も、そうした山伏たちがたくさん修行をしています。
高尾山の名前で親しまれていますが、正式名称は「高尾山薬王院有喜寺(やくおういんゆうきじ)」(以下、高尾山薬王院)といいます。奈良時代中期の天平(てんぴょう)16年(744)、聖武(しょうむ)天皇の勅命によって建立された祈願寺で、奈良の大仏建立にも関わった僧・行基(ぎょうき)が開いたと伝えられています。
南北朝時代の永和(えいわ)年間(1375〜79 )に、京都の醍醐(だいご)寺から高僧俊源(しゅんげん)が高尾山に入山し、祈念して飯縄大権現(いづなだいごんげん)を得、ご本尊として祀ることになりました。戦国時代には、武田信玄(たけだ・しんげん)や上杉謙信(うえすぎ・けんしん)など多くの武士の守護神として崇敬されました。戦乱が終わって江戸時代になると、高尾山は徳川家の庇護を受けて、ますます発展していきました。
ご本尊の飯縄大権現は、長野県の飯縄山(いいづなやま)で平安時代の末期から信仰され始めたとされます。こちらのご本尊は、不動明王(ふどうみょうおう)、迦楼羅天(かるらてん)、荼吉尼天(だきにてん)、歓喜天(かんきてん)、宇賀神(うがじん)と弁財天(べんざいてん)という5つの神仏が合体した姿で、それぞれのご利益を併せ持っています。そして、ご本尊の左右を守っているのが、大天狗と小天狗です。高尾山薬王院の大本堂で御護摩(おごま)修行をすると、こちらのご本尊を拝むことができます。
※「高尾山」の「高」の字は、正しくは「はしごだか」です。
■『NHK趣味どきっ! 京都・江戸 魔界めぐり』より

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