江戸時代の人気料理本『卵百珍』

奥村流松茸煮込み卵。『卵百珍』ではまつたけを使うところをしいたけに。つくり方はテキストに掲載しています。撮影:三村健二
『NHKまる得マガジン 江戸グルメ本に学べ! 万能 卵活用術』で紹介する卵料理のアイデアの基は、『卵百珍(たまごひゃくちん)』と呼ばれる、江戸時代の人気料理本です。収載された103種の卵料理のなかには、現代まで愛され続けるものも。江戸時代の料理本事情と共に『卵百珍』の特徴を、伝承料理研究家の奥村彪生(おくむら・あやお)さんに教えてもらいました。

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料理本ブームの口火を切った『豆腐百珍(とうふひゃくちん)』から三年。天明(てんめい)五年(1785)に『万宝料理秘密箱(まんぽうりょうりひみつばこ) 前篇』なる料理本が刊行されました。五巻五冊本で、巻の一には鳥料理31品が、巻の五の終わりには川魚料理9品が収められていますが、卵料理103品が収められ、寛政(かんせい)六年(1794)の再刊の巻頭に「一名玉子百珍」と記載されたことから、以後『卵百珍』と呼ばれるようになりました。
食材を一種に限定し、その料理法を百余り列挙する、いわゆる百珍ものと称される料理本の一種で、著者は器土堂(きとどう)主人。今でいうペンネームですが、料理の材料や分量、火加減も詳細に記載しているところから、その正体は単なる文人ではなく、料理人ではないかと考えられています。ちなみに、『万宝料理秘密箱』と同じ天明五年には、『鯛百珍料理秘密箱(たいひゃくちんりょうりひみつばこ)』(たい)、『柚珍秘密箱(ゆうちんひみつばこ)』(ゆず)と百珍ものの「秘密箱」シリーズがほぼ同時に刊行されていますが、どちらも器土堂主人が記したものです。
たけのこに卵液を入れて蒸し上げる「蒸し竹卵」のような季節感あふれる料理から、ゆで卵を薄焼き卵で巻いてごま油で揚げる「卵ケルセル」のような長崎の卓袱(しっぽく)料理※の流れをくむもの、ゆで卵の黄身と白身が入れ替わる「黄身返し卵」や金箔(ぱく)粉を加えて焼く「金糸(きんし)卵」のような珍品、卵黄を取り出したゆで卵にあんを詰める「饅頭(まんじゅう)卵」のような遊び心たっぷりのお菓子までさまざまな卵料理の作り方が紹介されています。そして、さらに驚くのは、当時、貴重で高価だった卵を惜しげもなく使っていること。料理を遊びとして楽しむ。江戸や大坂、京都などの都市で爛熟(らんじゅく)期を迎えた料理文化の一端を見ることができるようです。
※ 長崎特有の料理。中国やオランダ系の料理が和風化したもの
■『NHKまる得マガジン 江戸グルメ本に学べ! 万能 卵活用術』より

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