高野素十が写生する「人間」

『NHK俳句』の講座「俳句さく咲く!」。2019年8月号のテーマは「人間を詠む」です。「蒼海(そうかい)」主宰の堀本裕樹(ほりもと・ゆうき)さんが、写生句の名手である高野素十(たかの・すじゅう)の句を紹介します。

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今回のテーマは「人間を詠む」ということで、高野素十の「人」を詠み込んだ句を鑑賞していきたいと思います。
高野素十といえば、〈甘草(かんぞう)の芽のとびとびのひとならび〉、〈空をゆく一かたまりの花吹雪〉、〈くもの糸一すぢよぎる百合(ゆり)の前〉などの自然を写生した句が有名ですが、実は人を詠んだ秀句も残しているのです。
「ホトトギス」に身を置いて高浜虚子(たかはま・きょし)に師事した素十は、虚子の教えを真摯に実行しました。その教えの一つに「花鳥諷詠(ふうえい)」があります。虚子はそのことについて、「花鳥諷詠と申しますのは花鳥風月を諷詠するといふことで、一層細密に言へば春夏秋冬四時の移り変りに依つて起る自然界の現象、並ならびにそれに伴ふ人事界の現象を諷詠するの謂(いい)であります」と述べています(『虚子句集』春秋社刊)。要するに、自然のなかに人間も含まれるから、人のことを詠むのも花鳥諷詠であるということです。そんな虚子の教えに沿うように、素十は人間も造化の一つという認識を以て詠んだのでしょう。
づかづかと来て踊子にささやける

高野素十


素十の句のなかでも、人間を詠んだ作品としてよく知られています。季語は「踊子」で秋。なぜ、踊子が秋の季語かというと、盆踊の踊り手を意味するからです。俳句では「踊」というと、秋の季語として盆踊をさします。西洋のダンスとは区別して、句作するときは注意したいですね。
さてこの句、ドラマの一場面のようですね。「づかづかと来て」に、青年の足取りが見えてきます。どんな気持ちで青年は意中の踊子に近づいたのでしょうか。「づかづかと」という行為に青年の心情が表れているように思います。
遠慮のない無粋な感じの青年像が浮かんできますが、しかしひょっとして、青年は相当勇気を奮い起こして向かっている可能性もあります。うじうじした気持ちを思い切って断ち切るように、意を決して踊子に向かっているのかもしれません。青年は踊子に近づいたかと思うと、彼女の耳元で何かささやいたのですが、その言葉は省略されています。この省略が俳句の醍醐味でもありますね。もちろん恋情が絡んだささやきであったことでしょう。読み手によって、さまざまな想像が膨らむところです。
■『NHK俳句』2019年8月号より

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