耐え難い状況に置かれてこそ見えてくる「生きがい」

避けがたい出来事に打ちのめされる。あるいは挑戦したが思うようにいかずに挫折する。こうした「生きがい」を脅かす経験は、いつでも、誰にでも起こり得ます。神谷美恵子は著書『生きがいについて』の中で、耐えがたいほどの困難の中にこそ、生きがいがあるのではないかと綴っています。批評家・随筆家の若松英輔(わかまつ・えいすけ)さんが読み解きます。

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危機を感じると人は、何とかして一刻も早く立ち上がろうと躍起になります。しかし、なかなかうまくいかないこともある。さらなる困難が襲いかかる場合もあるかもしれません。また、立ち上がれないことに罪悪感を覚えることもある。ある人は、人生の基盤が破壊されたように感じるかもしれません。こうした実感は、じつに深刻な影響を私たちにもたらします。しかし、表層的には人生の破壊に映るものも、生の深みでは新生につながる契機になることも事実です。神谷は『生きがいについて』で、そうした生の闘いというべきものを幾人もの実例を挙げながら論じていきます。
神谷はこうした試練のときにおける「待つ」ことの意味、「待つ」ことのはたらきを語っています。前に進むだけでなく、そこにたたずみ、時機を「待つ」。それが、もっとも創造的な営みである場合が、人生にはある、というのです。
「待つ」という行為を経ることで、私たちは、真に自分に必要なものを、自分のなかから見出すということへ導かれていく。その導きの光になるのが、苦しみや悲しみだと神谷はいうのです。次の一節は、人生の困難と「生きがい」の発見をめぐる神谷の実感をとてもよく表現しているように感じられます。
ひとは自己の精神の最も大きなよりどころとなるものを、自ら苦悩のなかから創り出しうるのである。知識や教養など、外から加えられたものとちがって、この内面からうまれたものこそいつまでもそのひとのものであって、何ものにも奪われることはない。
人は、もっとも確かなものを、もっとも過酷なものから生み出すちからをもっている。また、それは知識などとは異なって、忘れることも、消えることもない。私たちはしばしば、物質や金銭、あるいは名誉や地位、権力といったものに頼りがちです。しかし、この確かなものは、「内面から」湧水のように立ち上がる。そして、その何ものかは、誰にもけっして奪われることがない、と神谷はいうのです。
「生きがい」が奪われた、という表現があります。しかし、神谷は、本当の「生きがい」は、「うばわれた」のではなく、姿を変えて「意識の周辺におしやられ、そこで存在しつづける」のではないか、と問いかけます。
失われたのか、それとも見失われたのか、という認識の違いは、「生きがい」の発見をめぐる最重要の問題になっていきます。
フロイトのいうように、自分にとって都合のわるいことは抑圧され、無意識の世界におしやられるということもたしかにある。しかし生きがいをうばわれたというような状況は、多くの場合、そう簡単に無意識のなかに封じこめられてしまいうるものではなく、単に意識の周辺におしやられ、そこで存在しつづけるのではなかろうか。それが意識の中心を占めるものの背景となって、これに影響をおよぼすものと思われる。それは虚無と暗黒の背景であるから、ちょうど暗視野装置の顕微鏡でものをみているように、対象の存在が浮かびあがってみえるのではないかと思われる。
人間は、意識活動を脅かすものを無意識の世界に追いやる、とフロイトは考えた。しかし、「生きがい」とは何かを考えていくと、フロイトの説に当てはまらない現象も存在すると神谷は感じるようになります。
ある重大な、耐えがたい出来事が起こって、「生きがい」が失われたとしか思えなくなる。しかし、それは見えなくなり、感じにくくなっただけで消えたわけではないと神谷はいう。
ここで彼女は「暗視野装置の顕微鏡」を喩(たと)えに用いています。暗視野顕微鏡は、小さな発光体を見るときに用いるものですが、神谷は「生きがい」とは、「虚無と暗黒」の世界にあってもなお、火を灯しつづける何かだと感じている。私たちに求められているのは、うろたえることではなく、その潜んでいる何かを見る「眼」を、自己のなかに開くことではないのか、というのです。
真理の発見は、人を深いよろこびに包みます。そのなかでも「生きがい」という「わたしの真実」ともいうべきものを見出すことほど大きな喜びはない、と神谷は考えています。その「よろこび」を書く神谷の筆はまるで、風景を描き出す優れた画家のようです。
平等にひらかれているよろこび。それは人間の生命そのもの、人格そのものから湧きでるものではなかったか。一個の人間として生きとし生けるものと心をかよわせるよろこび。ものの本質をさぐり、考え、学び、理解するよろこび。自然界の、かぎりなくゆたかな形や色や音をこまかく味わいとるよろこび。みずからの生命をそそぎ出して新しい形やイメージをつくり出すよろこび。─こうしたものこそすべてのひとにひらかれている、まじり気のないよろこびで、
文字通り、筆舌に尽くしがたい、生の深みから湧き上がる歓喜だというのです。挫折の経験は、ときに耐え切れないほどの試練になり、私たちを地に這うような状況に追いやることもある。しかし、そこからでなくては見えないものに、消えることのない「生きがい」があるのではないか、と神谷は問いかけるのです。
■『NHK100分de名著 神谷美恵子 生きがいについて』より

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