「のたりのたり」が持つ映像喚起力

『NHK俳句』の「音で楽しむ季語」、2月号の兼題は「春の海」です。あの有名な句を夏井いつきさんが読み解きます。

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「春の海」が兼題となれば、この名句が私たちの前にのたりのたりと現れます。
春の海ひねもすのたりのたりかな

蕪村(ぶそん)


「のたりのたり」は、「春の海」の凪(な) いだ水面や長閑(のど)やかな波のひかりを一気に映像化します。「のたりのたり」たった三音の繰り返しなのに何故ここまでの映像喚起力があるのか。そもそも「のたり」で一語か、「のたりのたり」と重ねて一語になるのか、それすらよく分からない。困った時に頼るのは、『日本国語大辞典』。早速引いてみました。
「のたり」は副詞、「ゆったりとしたさま、悠々としているさまを表す語」とあります。用例として、雑俳(ざっぱい)『卯花かつら』から「建つめた中にのたりと増上寺(ぞうじょうじ)」。家々が建ち詰まった中に悠々と増上寺がありますよ、という意味になるのでしょう。「のたり」の一語が持つ「悠々としているさま」という意味が「増上寺」の姿に似合っています。
さらに「のたりのたり」も載っていました。「ゆるやかにのんびり動くさま、ゆったりとしているさまを表す語」とあり、用例として掲出句が引かれています。
同じ副詞で「のたらのたら」という言葉を発見。「『のたりのたり』に同じ」とあります。意味は同じだといわれても、語感はずいぶん違います。「春の海ひねもすのたらのたらかな」……全然違いますよね。「のたら」だと母音が「オ・ア・ア」、べったりとした感じです。それに対して「のたり」は「オ・ア・イ」、最後のイ音は舌が高い位置に上がる音だから、少し澄んだ感じになるのかな。一音の違いで「春の海」の表情はこんなに変化するのですね。
■『NHK俳句』2018年2月号より

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