分岐した先にあった本当の終わりに向かう漫画『ディエンビエンフー TRUE END』――未完、と二度の打ち切りというバッドエンドからトゥルーエンド、そしてその先に/漫画家・西島大介さんインタビュー(vol.4)

ディエンビエンフーTRUE END(2) (アクションコミックス(月刊アクション))
『ディエンビエンフーTRUE END(2) (アクションコミックス(月刊アクション))』
西島 大介
双葉社
745円(税込)
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 漫画家・西島大介さんの代表作でもあるベトナム戦争を描いた『ディエンビエンフー』は、角川書店、小学館と出版社を変わりながら描き続けられてきた。そして、「ホーチミンカップ」というトーナメントバトルのさなか、12巻で『IKKI』版の『ディエンビエンフー』は物語が完結せずに終了した。物語は未完のままで終わるかと思いきや、双葉社から声がかかり『ディエンビエンフー TRUE END』として連載が始まった。『TRUE END』は最速3巻で完結するということが決まっている。

 2月10日には2巻が発売され、2月14日には双子のライオン堂からベトナムについてのエッセイ漫画『アオザイ通信完全版#2 歴史と戦争』も発売になり、9月には最終巻3巻の発売も決まっている。代表作でありながらも、二度の雑誌休刊に立ち会い、3社の版元を渡り歩くという文字通り「ドロ沼の戦争」「終わりなき戦争」と化した大長編『ディエンビエンフー』シリーズについて西島さんにお話を聞かせていただいた。

■浮いてしまった出版権とベトナム愛

―― 「双子のライオン堂」さんから発売されている『アオザイ通信完全版』は今までコミックの最後に載っていたエッセイ漫画をまとめたものになります。これはどういう話があって刊行されることになったんですか?

西島 それも双葉社さんとの相談の中で生まれました。「アオザイ通信」は差別化のために新装版には収録せず、その代わりに新作を収録するという提案があって、「えっ? いらないんですか、ディエンビエンフーじゃなくなってしまう」と一瞬思ったんですけど、でも納得しました。

双葉社からの新装版『ディエンビエンフー』1から6巻には、「アオザイ通信」を収録しない代わりに、最新作として『チョコレート帝國』を描き下ろしています。

―― それが新装版の最後に載っている作品だったんですね。

西島 はい。復刊は6巻までと決まっていたので、全6話で完結する連作になっています。『ディエンビエンフー』がコッポラ『地獄の黙示録』なら、『チョコレート帝國』の発想は西ドイツの映画監督・ヴェルナー・ヘルツォーク『アギーレ・神の怒り』ですね。カカオをめぐる文化や宗教の衝突。血塗られた歴史の年代記。現代のチョコレート農園にもつながる植民地の問題。ヘルツォークはドイツ人なのにエル・ドラドに侵攻するコンキスタドールや、南米にオペラハウスを作ろうとする男など、題材がいつも遠くて途方もない。すごく面白いです。ヘルツォークのような、侵略と支配、植民地の物語を、チョコレートについてのショートストーリーで描ければいいなと思いました。

―― 急に新作『チョコレート帝國』と言われても、ちょっと戸惑いましたよ。

西島 テーマは『ディエンビエンフー』と通じていると思うんですけどね。あと、こうの史代さんに「西島さんもショートストーリーを描いたら?」と雑誌の対談でアドバイスされたことも心の隅にあって、媒体は双葉社だし、良い機会だなと考えました。血塗られたチョコレートの歴史はいつか長編化したいテーマです。

―― そういう流れがあって、ベトナムの食や文化、歴史を西島さんがエッセイ漫画で描かれていた「アオザイ通信」の権利が浮いたので、今回、双子のライオン堂さんからまとめて『アオザイ通信完全版』として出ることになったわけですね。

西島 ええ、移籍に伴ってどういう権利が動くかというと、出版権ですね。この本を出していいよという権利。著作権は作者にあって、『ディエンビエンフー』の1巻から12巻までの著作権は僕が持っているんですけど、完結させるためプラス三冊を出すために双葉社に移籍するときに、この本を独占して出版していいよという権利が、小学館から双葉社へ譲渡される。

―― 出版の権利問題ってそういう感じなんですね、知らなかったです。

西島 僕の考えは別で、独占権はどうでも良くて、小学館と双葉社から同時に出ていてもいいし、購入先が複数あることは便利だしと考えたんですけど、会社間ではそれは難しいようでした。双葉社への移籍は僕一人の問題ではなくて、それまでそれを独占販売していた小学館との関係でもあります。『IKKI』版は紙も電子版も12巻まで出ていましたが、『IKKI』版の権利が『ディエンビエンフー』の6巻までの出版権を双葉社に譲渡されると同時に、『IKKI』版の12巻までの出版権が失われて、電子書籍も全部廃盤になりました。だから、今、正規に購入できるのは双葉社の新装版6巻の紙と電子版だけです。書店にある流通在庫としては購入可能ですけど、移籍した時点で7巻から12巻は絶版です。

―― そればっかりは仕方ないんでしょうけど。

西島 ファンの人には申し訳ないですし、いよいよ泥沼化の果てだなって僕も思いますが、会社と会社の関係まで介入できません。「TRUE END」のためにすべてを捨てよう、ティム・オブライエンの言う「兵士たちの荷物」(*)は極限まで軽くしようと考えました。でも11と12巻は「黒歴史」だから絶版は正しいですね。ここから先は、存在しないことをブランディングしましょう、持ってる人だけが嬉しい。

(*)『本当の戦争の話をしよう』に収録されている短編の一つに「兵士たちの荷物」というタイトルがある。

―― なるほど。

西島 『IKKI』版が絶版になって、双葉社からの新装版に「アオザイ通信」が収録されないってことは、厳密に言うと「アオザイ通信」のページだけ出版権が浮いているってことになります。これはいいなと思いました。「アオザイ通信」は誰にも求められていない、だから自由。

―― 西島さんらしい考え方だなって思います。

西島 そういえば、12巻を刊行して本当に移籍先が見つからない時に、僕は2回だけ個人でコミティアに出てるんです。自力でやれることを試してみようと思って、セブンイレブンのネットプリントを使ってtwitterから新聞を定期刊行したり、それをまとめて「不撓不屈」というZINEを刊行したり。ベトコン(*)的な地下活動ですね。そうしたら「双子のライオン堂」の店主さんがブースに来て声をかけてくれて。そこで『アオザイ通信』の権利が浮いているならうちで出しましょうと話がまとまったんです。

(*)南ベトナム解放民族戦線:南ベトナムで1960年12月に結成された反サイゴン政権・アメリカ・反帝国主義を標榜する統一戦線組織。略して「解放戦線」と呼ばれたが越南共産(ベトナムコンサン)を略したベトコン(越南)が通称されることが多い。

―― 偶然だったんですか?

西島 いや、僕は『ディエンビエンフー』が続けられなくなった時に、リトルプレスの流通について自費出版も含め検討していたので、「双子のライオン堂」(*)のことは知っていました。意識の高い書店だし、大手出版社へのカウンターにもなるような実験をしている。メジャーからはじき出された『アオザイ通信』がそういう場所から再刊行されることに可能性を感じました。

(*) http://liondo.jp 『ほんとの出合い』『100年残る本と本屋』をモットーとした元ネット古書店。現在は港区赤坂に店を構えている。小説家をはじめ多彩な専門家が選書し販売しており、読書会などイベントも行なっている。本屋発の文芸誌『しししし』も発刊している。


―― 確かに新しい出版の形だなと思いましたね。こういう手もあったのかと。

西島 大長編で途中から入りにくい『ディエンビエンフー』と違って、『アオザイ通信完全版』はどこからでも入れます。「他者としてベトナム戦争を描く」と言いながらも、いつの間にか僕はこんなにもベトナムが大好きになっていて、食とか歴史とか豆知識とか、ベトナムそのものを伝えたいと思っている。本編だけでは伝わらないベトナムへの愛情が、「アオザイ通信」だと伝わる。結果、一見さんに一番勧めにくいのは『ディエンビエンフー TRUE END』で、一番勧めやすいのが『アオザイ通信完全版』っていうことになっていて、もはや逆転してしまっている。

どうして、今まで例えばアジア旅行好きな人にこの漫画が届かないのかなって思っていたんですけど、こういう風に伝えればいいんだってわかりました。あと、この本に関しては僕はほとんど何にもしてないです。浮いてしまった過去の原稿が、エディトリアルデザインによって新しい価値を生み出しています。

―― 『ディエンビエンフー』を知らなくても、食や旅が好きな人にはこれだけ読んでも面白いでしょうね。

西島 装丁もすごくいい。本編と違って「こう読んでください」という力みもないし。

―― 確かにこれだと旅行関係の本のところにおいてもらえそうですよね。

西島 実際、旅行関係のところに置いてもらったら売れたみたいです。

―― やっぱりそうなんですね。映画とか濃いカルチャーの話も入っています。

西島 自分では薄いし、ある程度テキトーと思ってるんですけどね。

―― 林芙美子の『浮雲』ってベトナムでのことを書いてるんだってこれで知りました。

西島 『浮雲』はフランス領インドシナ時代を描いているから、マルグリット・デュラス『愛人・ラマン』みたいに楽しめるますよね。でも僕、ベトナムと名がつけば手当たり次第ですからね。料理本でも、語学でも、文学でも、写真でも、「ベトナム」と名前がつけば調べています。
ミリタリー本だけ読んでベトナム戦争を描いているわけじゃないし、映画だけを観て描いてるわけではないですね。安倍なつみの写真集『Cam on(カム・オン)』(*)も、ティム・オブライエンも、生井英考も、村上春樹も、小林源文も、等しく素晴らしい資料です。

(*)カム・オンはベトナム語で「ありがとう」という意味。安倍なつみの写真集はオール・ベトナムロケで、ベトナムの街の雰囲気を満喫できる内容。

そういえば、一昨年ですけど、『ディエンビエンフー』が止まっている時に、澤田教一さんの展示(*)をお手伝いさせてもらったんです。澤田教一さんはシリアスで衝撃も強いから、できるだけポップに見てもらうため『ディエンビエンフー』の感じでプロモーションを手伝って欲しいと。澤田さんのたどった足跡や人生を、地図や「アオザイ通信」式のエッセイコミックにまとめて冊子にしました。僕とっては夢のようなご依頼。まさかこんなひねくれた『ディエンビエンフー』が、澤田教一さんが故郷で行う大回顧展のお手伝いをするなんて、身に余る光栄でした。ちょうど移籍がまだ決まってない頃にこの話がきたんです。このあいだ描いた岡崎京子さんに捧げた短編(『エッジ・オブ・リバーズ・エッジ』に収録『岡崎京子を探せ♡DOUBLE KNOCK OUT 2049』)と一緒で「魂の仕事」、やらないわけにはいかない。

(*)青森県立美術館「澤田教一:故郷と戦場」(2016)
2017年には、クレマチスの丘IZU PHOTO MUSEUMにも巡回

―― ちゃんと伝わるべきところには伝わっているわけですね。

西島 すごく嬉しいお仕事でした。双葉社移籍も同じくらい嬉しかったけど。

―― 『アオザイ通信完全版』の二冊目は『ディエンビエンフー TRUE END』の2巻とほぼ同じ2月14日に、三冊目はコミック3巻と同じ9月に出る予定と聞いたのですが。

西島 そうですね。3巻で終わらせると言いつつ、関連書籍も三冊出ます。去年なんて新装版も含めると、八冊も出ている。がんばりすぎです。あとはちゃんと読者の方を向いて物語を終わらすだけです。

―― 向く気はあるんですか?

西島 ありますよ。向くからこその「TRUE END」です。でも最近「とぅるえん、とぅるえん」言っているせいか、冷静に考えると僕の境遇は逆で、バッドエンドが多い気がしますね。

― 西島さんのある程度近くにいると、あまりバッドエンディング感ないんですけど。

西島 僕が楽しそうになってるからでしょうか。

―― 自由に行動してるように見えますからね。

西島 自由だけを愛してますからね。作品が不幸なら、リアルを充実させるしかないですからね。幸せの追求。

―― ヒッピー感ありますね。

西島 「西島くんはいつでも売れようとしたらできるのに、いつも売れない方向にコマを進めてる」って東浩紀さんが言っていたらしいです。

―― 売れる方向があるとして、それって見えるものなんでしょうか?

西島 見えていると思いますよ。作家に見えなくても編集さんが導いてくれることもあるでしょうし。評価を欲しがるとか、良いものに見せようとデザインするとか、売れるように仕向けることがウケ狙いで、ビジネス的にはそれが正しいです。

―― それが必要な人たちも当然ながらいますからね。

西島 大体の人にはそれが必要だし備わっているはずです。でも僕にはできないことが多い。だけど、例えば「ゲンロン ひらめき☆マンガ教室」(*)の生徒がそういう作風でも僕は全然文句がない。僕と違う才能を見つけたいし、良いなと思います。現に教え子が200万部突破でアニメ化されたり大活躍しているのだから、大きく見れば『ディエンビエンフー』が打ち切りでも、出版の世界には貢献しているはず。

(*)2009年「西島大介のひらめき☆マンガ学校」として始まったワークショップの最新版。東浩紀主宰のゲンロンスクールにて開講。谷川ニコ、ふみふみこ、米代恭、FGO絵師のしまどりるらを輩出し、広義には今日マチ子も元・生徒である。田亀源五郎、古屋兎丸、田中圭一らをゲスト講師に招く二期より西島は「ひらめき☆プロデューサー」に就任し、さやわかが主任講師を務める。3月25日締め切りで受講生募集中。
http://school.genron.co.jp/manga/

―― いや、まあ、そういう考えもあるかな。

西島 広く見ると支えているし、貢献している。だから僕は物欲しげにする必要はない。僕はそうじゃないことをやればいいし、世界全体の多様性を認めている。

―― 自分ではっきりいうのが西島さんって感じがしますね。確かに寛容というか多様性ですね。。

西島 僕もその多様性の中にいます。だから「TRUE END」とは言うけれど、僕自身が終わりを決めることすらおこがましい。

―― 終わらない物語にまたなっちゃいますよ。

西島 世が望むならそれも運命です。でもまあ、よくこんな状態で漫画家を続けられているよなって。

―― そういう状態でいるから漫画家って印象が薄れていってるのかもしれないですよ。

西島 結局哲学者じゃないかな。

―― どういうことですか?

西島 漫画だけではなくて、いろんな角度から考えたことを実践している。小沢健二の曲もそうだと思いますけど、ポップソングの形をしてるけど、そこで語られるのは哲学や物語。物欲しげなサービスではない。生きることの意味を問いかけられる。結果、僕もそうなっている。『ディエンビエンフー』は確かに漫画ではあるけれど、そういうことでもないような。

―― 西島さんは遊牧民みたいな、スナフキンみたいなものだから、いろんな所に行ったりきたりできる存在だなって思うことがあります。

西島 子供の頃から転勤族でしたからね。広島にもずっといるとは限らない。家族次第です。

―― ベトナムには?

西島 ベトナムに定住し『ディエンビエンフー』を完結させることも夢でしたけど、子供たちは反対でした。

―― 日本国内じゃないとダメなんですか?

西島 ダメというか周囲の意見を優先しています。編集さんとのやりとりもそうですが、僕は相手の言うことをいつも聞く立場です。そんなに自由に遊んでるように見えるんですかね。

―― 見えますね。

西島 まあ、遊んでいるというか、実際楽しんではいますよね。

―― 典型的なイメージとして漫画家や小説家ってずっと家にいて、気晴らしにたまに家を出るって感じなんですけど、西島さんはすぐ展示とか、DJまほうつかいのライブとか、映画とかやるじゃないですか。その軽やかすぎる動きが追えないんです。そのせいで漫画家ってことがかなり薄れるんですよ。

西島 追えないですよね。わかりにくい。ユーザーフレンドリーではない。「滑っている」とはそういう意味で、求められる役目を全うできていない存在はスルーされます。だから『ディエンビエンフー TRUE END』は最後の漫画家としての仕事かもしれません。そういう覚悟を持って、待っててくれる読者のために漫画家としての務めを果たします。でも、出版社や書店の人によく言われるんですけど、「漫画業界は大変ですけど、西島さんは比較的被害少なそう。大丈夫そう」って。いや「必死です」とは言いたい!
(vol.5に続く)

取材・文/碇本学

<プロフィール>
西島大介/漫画家
1974年、東京生まれ。90年代末からイラストレーターとして活躍。2004年『凹村戦争』(早川書房)で漫画家としてデビュー。以降、『世界の終わりの魔法使い』(河出書房)、『ディエンビエンフー』(小学館)、『すべてがちょとずつ優しい世界』(講談社)、最新作『ディエンビエンフー TRUE END』が現在、『月刊アクション』で連載中。音楽活動としてDJまほうつかいとしてHEADZより『Last Summer』など音源をリリース。また、アート活動してクレマチスの丘NOHARAにて「ちいさなぼうや」展などを開催と活動は多岐に渡っている。

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