性接待の被害女性たちが語る、隠された真実とは。集団的無意識の根深さを突きつける一冊

ソ連兵へ差し出された娘たち (単行本)
『ソ連兵へ差し出された娘たち (単行本)』
平井 美帆
集英社
1,980円(税込)
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 BOOKSTANDがお届けする「Yahoo!ニュース|本屋大賞 2022年ノンフィクション本大賞」ノミネート全6作の紹介。今回取り上げるのは、平井美帆(ひらい・みほ)著『ソ連兵へ差し出された娘たち』です。

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 1932年、日本が中国の東北部に攻め入って建国した「満洲国」。疲弊した農村の立て直しなどの目的のもと、終戦までの間におよそ27万人が日本全国から満洲国へ移住しました。岐阜県からの「黒川開拓団」もそのうちのひとつ。新天地を目指し、大人から子どもまで総勢600名あまりが村ぐるみで海を渡りました。当初は穏やかな生活が送れていたものの、1945年に日本が敗戦すると状況は一変。日本への引揚船が出るまで陶頼昭(とうらいしょう)という地に留まり集団難民生活に入った黒川開拓団に対し、暴徒化した現地民やソ連兵が連日連夜、激しい襲撃を仕掛けるようになったのです。

 集団自決をする他の開拓団もある中、黒川開拓団が下した決断は「ここを動かずに身を守る」というものでした。現地に駐在していたソ連軍に助けを求めて守ってもらうのと引き換えに、黒川開拓団内の女性たちにソ連兵の「接待」をおこなうよう言い渡したのです。こうして、数え年で18歳以上であること、未婚であることといった条件のもと、約15名の娘たちが選ばれ、犠牲となりました。

 『ソ連兵へ差し出された娘たち』は、ノンフィクション作家の平井美帆氏が接待役だった女性たちや黒川開拓団関係者、その遺族などへの長年にわたるインタビューから、そこにあった真実をほぼすべて実名で記した一冊です。そこには、極限の状況下で過酷な日々を送った彼女たちの姿が克明に映し出されています。そして、それとともに同書が浮き彫りにするのは、戦争では弱者が犠牲になるという残酷な事実です。

 黒川村の出身ではないために発言権が弱かったある家庭は二人の娘を「接待」に出さなくてはならなかったり、"他の男の所有下にない"という理由から接待係は未婚女性に限られたり、極限の状況下の同じ集団内でも立場が弱い者には拒否権がなかったことが読み取れます。そして、辛い「接待」を耐え抜きようやく帰国したあとも、彼女たちは感謝されるどころか"処女ではない汚くて哀れな女"という偏見に一生苦しむこととなるのです。

 そもそも、「接待」という言葉もどうなのでしょうか。実質的にはレイプ、強制性交と呼べるものであり、「実態とのギャップを埋める役割として、『接待』という言葉が機能した」(同書より)と著者は記します。後年、岐阜県白川町には慰霊碑「乙女の碑」が作られますが、これについても著者は以下のように指摘します。

「団幹部は完全なる沈黙を貫き、秘密を抱えたまま逝った。まわりにいた男性団員は、女性の自発的意思や献身的犠牲への置き換え、石碑に口紅を塗る『開拓の華』と呼ぶといった言動に見られるとおり、一方的な美化と歪曲の域を出ない。自分たちの見たい女の姿しか見ていないのだ」(同書より)

 同書は今の時代にも通じる「女性への性暴力や差別がかかわる事象への集団的無意識」(同書より)という問題を突きつける一冊でもあります。

 過去の事実を知ることは重要ですが、そこから私たちが何を学び取れるかを考えることはもっと大切かもしれません。インタビューに答えたひとりの女性の「美化した犠牲にしないでほしい」という言葉は、読む人の心に重く響くのではないでしょうか。

[文・鷺ノ宮やよい]

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