【「本屋大賞2022」候補作紹介】『同志少女よ、敵を撃て』――女性だけの狙撃小隊がたどる生と死 少女が戦う"敵"とは

同志少女よ、敵を撃て
『同志少女よ、敵を撃て』
逢坂 冬馬
早川書房
2,090円(税込)
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 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2022」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、逢坂冬馬(あいさか・とうま)著『同志少女よ、敵を撃て』です。
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 第二次世界大戦中の1941年から1945年にかけて、ナチス・ドイツを中心とする中枢同盟国とソビエト連邦との間で繰り広げられた独ソ戦。ソ連では100万人近くもの女性が従軍し、兵士として戦っていたという事実は、日本ではあまり広く知られていないかもしれません。

 そんな独ソ戦において、赤軍(ソ連軍)の狙撃兵として戦い抜いた少女を主人公に書かれたフィクション小説が『同志少女よ、敵を撃て』です。

 1942年、戦争が激化する中、モスクワ近郊の農村で母とふたり、狩人としてのどかな日々を送っていた16歳の少女セラフィマ。しかし、ドイツ軍の急襲により、その日常は突然奪われることになります。目の前で母や村人たちが惨殺され、自身も射殺される寸前で、セラフィマは赤軍の女性兵士・イリーナに救われました。

 茫然自失のセラフィマに、イリーナは「戦いたいか、死にたいか」と問いかけます。そしてセラフィマは、イリーナが教官を務める訓練学校に入り、狙撃兵として生きることを選びました。母を殺したドイツ人狙撃手イェーガー、さらに母の遺体を焼いたイリーナにも、いつか復讐するという決意を秘めながら――。

 中央女性狙撃兵訓練学校では同期のシャルロッタやアヤ、ヤーナ、オリガとともに射撃訓練や弾道学などの座学を重ね、セラフィマは卒業までたどりつきます。彼女らは最高司令部直属の狙撃専門小隊として、やがて熾烈を極めたスターリングラード攻防戦の前線へと向かうことに。

 一瞬にして肉親や故郷、そして明るい未来を奪われたひとりの少女が、憎しみを原動力にプロの狙撃兵へと育っていく......。それはたしかにひとつの成長物語ではありますが、セラフィマが変貌していく姿からは、戦争がどれほど人間の心を変えてしまうものなのかをひしひしと感じさせられます。

 また、セラフィマの幼なじみで、村を出てからは優秀な士官候補になった男性・ミハイルの言葉に「集団で女性を虐げることは男性間での仲間意識を高め、同志的結束を強める」というようなものがあります。同書は、このような倫理が平然とまかり通る男性優位のコミュニティに屈することなく、毅然と立ち向かう女性たちの物語でもあります。

 作中でセラフィマが終始問われることになるのが、「なんのために戦うのか」です。これはタイトルにある「敵」が誰であるのか、何であるのかにも通じる問いです。

 そんな中でしばしば描かれる、仲間との少女らしい交流は読者にとって心安らぐものがあり、同書における一服の清涼剤にもなっています。エンタテインメント性をそなえながらも読後に深い余韻を残す同書は、多くの人の心を動かすでしょう。

[文・鷺ノ宮やよい]

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