【「本屋大賞2021」候補作紹介】『自転しながら公転する』――結婚、仕事、親の介護。悩みながらも進む主人公に共感!

自転しながら公転する
『自転しながら公転する』
山本 文緒
新潮社
1,980円(税込)
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 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2021」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、山本文緒(やまもと・ふみお)著『自転しながら公転する』です。
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 直木賞作家として、これまで多数の作品を発表してきた山本さんの7年ぶりの新刊が『自転しながら公転する』です。

 主人公の与野 都(よの・みやこ)は32歳。2年前まで東京のアパレルショップで正社員として勤務していましたが、更年期障害に苦しむ母の介護のため、実家のある茨城県に帰郷。現在は、牛久大仏を望むアウトレットモールで、若い社会人女性向けの服を取り扱うショップの販売員として働いています。

 都があるとき知り合ったのが、同じモール内の回転寿司店で働く羽島貫一(はしま・かんいち)という30歳の男性。元ヤンキーらしい口調や態度ながら読書家で落ち着いた一面も併せ持つ彼に、都は惹かれていきます。

 ここまで聞くと、よくある恋愛物語のようですが、けっしてそうではないのがこの小説のすさまじいところ。誰もが胸の奥に抱えている不安や葛藤が、都の心情とシンクロして激しく心を揺さぶられます。

 都会を去って故郷に戻ってきたものの、何がしたいかもわからない自分。だんだんと老いていく両親、そして介護。契約社員として働いてはいるものの先の見えない将来。一緒にいて楽しいけれど、結婚の見通しが立たない恋人。私たちが読んでいるのは都の物語ですが、不安を抱える多くの現代人の人生とどこかしらリンクするところがあり、圧倒的な共感をもって胸に迫ってくるのです。

 そんな都を見て、貫一がかけたのが「そうか、自転しながら公転してるんだな」(本書より)という言葉。

 うんちく好きな貫一は、「地球は秒速465メートルで自転して、その勢いのまま秒速30キロで公転してる」「地球はな、ものすごい勢いで回転しながら太陽のまわりを回ってるわけだけど、ただ円を描いて回ってるんじゃなくて、こうスパイラル状に宇宙を駆け抜けてるんだ」(本書より)と説明。だから私たちは同じ軌道には一瞬も戻れない、と言うのです。

 ぐるぐると同じことにばかり思いを巡らせて、代り映えしないように思える日常。それでも実は、同じところでとどまっていることはなく、長い目で見ればどこかに進んでたどり着いている。「自転しながら公転している」という貫一のセリフには、そんなメッセージが込められているように感じます。

 本書は、「小説新潮」の連載作品を書籍化したもので、刊行するにあたってプロローグとエピローグが書き下ろされたのだそうです。このふたつの挿入により、本書はさらなる深みを見せ、女性3代にわたる壮大なストーリーの側面が浮かび上がってきます。

 生きづらさを感じるこの世界で、それでも誰かを求め、前に進むことをやめない。そんなすべての人たちに向けたエールのような本書は、皆さんにとって忘れられない一冊になるのではないでしょうか。

[文・鷺ノ宮やよい]

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