【「本屋大賞2021」候補作紹介】『推し、燃ゆ』――推しに一方的な愛情を注ぐ少女をあざやかな言語感覚で描き出す

推し、燃ゆ
『推し、燃ゆ』
宇佐見りん
河出書房新社
1,540円(税込)
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 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2021」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、宇佐見りん著『推し、燃ゆ』です。
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 史上3番目の若さで第164回芥川賞を受賞した、宇佐見りんさん。21歳という年齢ならではの、ほとばしるような感性や言語感覚が光る小説が『推し、燃ゆ』です。

 「推し」とは、自分の応援しているアイドルなどを指し示すときに使う言葉。そして、「燃ゆ」とは「燃える」、つまり炎上すること。「推しが燃えた。」という一文で始まる本作は、主人公が全身全霊を賭けて応援しているアイドルがファンを殴り、ネットで炎上するところから幕が開けます。

 主人公は、みんなが難なくこなせることができず、生きることに重苦しさを抱えている女子高生・あかり。実際に、病院ではそうした症状に対するいくつかの診断も受けています。

 そんなあかりの生きる核となっているのは、推しの応援。推しは自分の「背骨」であり、「推しを推すときだけはあたしは重さから逃れられる」(本書より)のです。

 彼女は高校に入ったばかりのころ、子どものときに観に行ったピーターパンの舞台のDVDを部屋で再生し、ピーターパンが放つ「大人になんかなりたくないよ」というセリフにひどく共鳴します。「重さを背負って大人になることを、つらいと思ってもいいのだと、誰かに強く言われている」(本書より)、そんな気がして、「あたしのための言葉だ」と感じるのです。

 ピーターパン役だった少年の名は上野真幸(うえの・まさき)。現在はアイドルグループ「まざま座」のメンバーとして活躍しており、彼はその日からあかりの推しとなったのです。

 推しに対して自分の奥底から莫大なエネルギーが沸き上がるあかりは、推しのラジオやテレビでのあらゆる発言を書きつけ、放送された番組はダビングして何度も観返します。その言葉や行動を解釈するべく、記録としてネットで公開するうちに、あかりのブログはファンの間で人気となり、「推しのガチ勢」として知られるほどの存在になっていきます。

 しかし、「推し活」に心血を注いだり、推しを介してファンとネットでつながったりすることはできても、現実では肉体も精神も重くて日常生活すらままならない日々。定食屋のアルバイトはクビになり、学校にもついていけず退学することに。親からは、「進学も就職もしないならお金は出せない」と言われてしまいます。「働け、働けって。できないんだよ。病院で言われたの知らないの。あたし普通じゃないんだよ」(本書より)と説明するものの、親の理解は得られず、亡くなった祖母の家でひとり暮らしをすることになりました。

 何かの祈りのように推しを応援しつづけるあかりでしたが、事態はさらに悪い方向に進みます。炎上事件から一年以上が経ち、少し鎮静化していたところに、推しがグループの解散をインスタライブでフライング発表。その後、メンバー全員でおこなった会見で推しは左手の薬指に指輪をしており、芸能界自体を引退するとコメントしたのです。それでもあかりは「推すことはあたしの生きる手立てだった。業だった。最後のライブは今あたしが持つすべてをささげようと決めた」(本書より)とラストライブへと出かけます。

 お金と時間をどれだけ費やしても、あかりは推しから愛情を受け取るどころか、ほぼ認識すらされない存在です。一方的に愛情を注ぐ行為を、くだらないと思う人もいるかもしれません。けれど、現実社会に生きづらさを感じているあかりにとっては、推しのいる世界だけが生きていると実感できる場所であり、彼女の救いになっているのです。世の中に適応したくてもうまくいかず、息をしてただ生きることすら精一杯な人もいることを、この作品はまざまざと突き付けます。

 では、そんなあかりが自分の「背骨」だと例えている推しがいなくなった世界は、いったいどうなってしまうのか。推しを失って、この先どのように生きていくというのか。彼女がいたった心境は小説のラストに記されています。圧巻の筆致で描かれた、彼女なりの現実との向き合い方を皆さんも見届けてみてください。

[文・鷺ノ宮やよい]

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