登山家・栗城史多、エベレストに散った生き様から見えてくる「現代社会の暗部」とは

デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場
『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』
河野 啓
集英社
1,760円(税込)
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 2018年5月、エベレスト登頂中に若くして命を落とした登山家・栗城史多。「7大陸最高峰 単独無酸素登頂」を目指し、彼がライブカメラを掲げながら危険な登山に挑んだ勇姿を覚えている人も多いのではないだろうか。バイタリティあふれる栗城の行動は見る者を惹きつけた。凍傷で9本の指を失いながらも夢にひたむきな姿に勇気づけられた人もいるはずだ。

 しかし栗城の思いもむなしく、成し遂げることが叶わなかったエベレスト登頂。エベレストといえば世界最高峰の山として登山家を魅了しているが、登頂中に命を落とすケースが後を絶たない。危険極まりない過酷なエベレスト登頂に、なぜ栗城は指を失ってもなお挑み続けたのか。今回ご紹介する河野 啓氏の著書『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』(集英社)は、そんな疑問に迫るべく栗城の足跡をたどったノンフィクション作品だ。

 河野氏は序章の中で栗城について触れながら、本書の執筆に至った動機を以下のように綴っている。

「過去のどんな登山家よりもメディアに露出し、インターネットの世界では大きな称賛を受ける一方で激しい非難も浴びた彼の、『不思議』の中にある『真実』を私は探してみたくなった」(本書より)

 そもそも河野氏が初めて栗城に取材を申し込んだのは、2008年のこと。目にとまったカタログ誌の中で、栗城が「自分の理想はマグロ」だと語る様子に惹きつけられたという。少しの酸素で泳いでいられるマグロのような体を求める栗城に、驚きを隠せなかったのだ。

 栗城は身長162cmと小柄で、実は運動能力が高いわけではない。栗城と対面した河野氏が6大陸の最高峰を制した力の源について尋ねたところ、栗城は以下のように答えている。

「根性とは少し意味合いが違うんですけど。(中略)マイナスなことは一切考えないんですよ。ボクが考えなくても、登れるかどうかは山が決めてくれますから」(本書より)

 なんとも謙虚な姿勢だが、実は登山を始めたきっかけは意外なところにあった。栗城によれば、高校時代に山登りが好きだった恋人にフラれて失恋、彼女を見返すために山登りを始めたと同時に、「なぜ彼女は山に登っていたのか」という理由を知りたくなったそうだ。

 動機はなんであれ、栗城は山に愛されていたのかもしれない。彼は2004年6月、登山歴わずか2年にして北米最高峰のマッキンリー(現・デナリ)登頂に成功。続く南米最高峰・アコンカグアへのアタックから、のちにトレードマークとなる登山過程の「自撮り」を意識するようになったと栗城が明かしている。

「だって、もったいないじゃないですか? こんなに苦労して登っているのに誰も知らないなんて」(本書より)

 インターネットによる動画配信というスタイルを確立した栗城。メディアも幾度となく彼を取り上げたことで、その名を全国に知らしめたといっても大袈裟ではないはずだ。一方の河野氏は栗城の取材を進める中でドタキャンなどの憂き目に遭うようになり、栗城がAさんとの婚約を破棄した際にはコンタクトさえ拒まれてしまう。栗城が最初のエベレスト登頂に失敗した2009年のことで、河野氏は栗城について「遠い人」になったと表現した。

「栗城さんが何かのテレビ番組に登場すると、数分目で追うことはあった。しかし、他のタレントを見るのと同じだった。もはや怒りも、嫌悪感も、もちろん懐かしむような思いも湧いてこなかった」(本書より)

 メディアや世間から注目される存在となり、登山をエンターテインメントに仕立てた栗城は批判を浴びる機会も増加した。本書では、彼が指を失った際に囁かれた「凍傷を負ったことも自らの演出だったのではないか」という点にも触れられている。いわゆる炎上を経験しながらも栗城は「単独無酸素でのエベレスト登頂」を目指し、8度目の挑戦で目標を果たせないまま命を落とした。

 栗城の死後に取材を進めた河野氏は、栗城が犯していたタブーを知ることに。本書の核心部分でもあるため詳細は明かせないが、河野氏は「自ら看板に泥を塗った」と糾弾しつつ複雑な心情を垣間見せている。

 ネット時代に順応し、自らのスタイルを確立して名を上げた栗城。一方で世間が求めるものに応えようとするあまり、背負いこまなくてもいい苦悩を抱えていた可能性もある。若くしてエベレストに散った登山家の姿から、現代に生きる上での問題点が見えてくるかもしれない。

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