助監督の市原直さんに聞く「助監督の仕事」。前回、助監督の仕事概要を解説していただきましたが、特にチーフ助監督の仕事について、もうちょっと詳しく聞いてみたいと思います。
チーフ助監督って、どんな仕事?
チーフ、セカンド、サードという序列がある助監督の世界。「今はチーフだったりセカンドだったり、微妙な時期。チーフしかやらないと言い切るにはまだ早いかなと思っている」と言う市原さんに、チーフ専(勝手に名付けてます)になるタイミングを伺ってみます。
「人それぞれの感覚だとは思いますが、2〜3億円規模の映画のチーフを1本やれば、チーフだけやりたいと言えるのかな。小さい作品や深夜の連ドラのチーフをやっているうちは、セカンドの仕事も受けていかねばと感じています。でもそれって、スキルうんぬんというよりは、単純に責任感の話なんです。規模の大きい作品は、一日にかかるお金が変わってくる。2〜3億規模の映画でも、例えば撮影が1日延びたら何百万というお金がかかることもあるんです。もちろんそういうことを助監督が正確に把握している必要はないのかもしれませんが、何でも予算ありきで作っていきますから、ちゃんと理解したうえで危機感を持ってやりたいですよね」
では映画作りにおけるチーフ助監督の仕事は、どんな流れで行われるんでしょうか?
「依頼〜始動〜準備」
仕事の依頼は、監督であったり映画会社であったり、ラインP(ラインプロデューサー。予算管理をする人)であったり、作品によってバラバラですが、現場スタッフの中でも最も始動が早いのが、チーフ助監督と制作担当、ラインPの3人。予算管理の責任者がラインP。制作担当はその予算を理解したうえで、ロケにするのか、それならロケ場所はどこか、それともそもそもセットにするのかということも踏まえ、チーフ助監督とスケジュール・台本などの相談をしながら準備を進めていきます。そしてある程度の時期になったら他のパートが合流してくる......というのが最初の流れですね。
「撮影期間中」
チーフ助監督はスケジュールを書くという仕事があるので、基本的には現場にいる時間が短くなります(前編参照)。では現場にいない間に何をするかというと、"明日何時にどこに集合して......"というのを、毎日更新し続けます。例えば、俳優部の事務所に入り時間を連絡するのもチーフ助監督の仕事。連絡そのものはキャスト部に任すことも増えてきましたが。そういう作業をしていると、一日が終わってしまうんです。ただ、現場にいたい人も多いですから、なるべくいられるように努力をします。僕も現場にいたいタイプですし。
「仕上げ期間中」
撮影がすべて終わったあとは、仕上げにそのまま残ることもあれば、次の仕事にすぐに移行することもあります。仕上げまで関わる場合は、だいたい監督とセットで動きます。打ち合わせに一緒に行ったり、編集で一緒に考えさせてもらったり、監督が迷っていることに対して提案をすることも。合成が多い作品の場合は合成部とスケジュールのやりとりもしますし、録音部とのやりとりもあります。他にも、アフレコのキャストのスケジュールを組んだり、その台本を作ったりと様々。僕の場合は撮影所がない環境で映画を作ったことがないので、基本的には撮影所のどこかで仕事をしています。自宅ですることはあまりないですね。
ところで、助監督もフリーランス。特に映画作りは単発の仕事の積み重ねになりますが、間が空く時はどうしているんでしょうか?
「もにょもにょしてます(笑)。脚本を書く人なら、そういう時間を使ってやるんじゃないでしょうか。僕の場合は例えばCMなどの単発仕事をやらせてもらうことが多いです」
助監督の先に、監督への道は繋がっているのか?
今年、3人の監督による「家族」をテーマにしたオムニバス映画『Father』(年内公開予定)で初監督(脚本も)を果たした市原さん。タイトルは「ヴァージンロード」。結婚式を直前に控えた娘が、婚姻届をきっかけに初めて自分が養子だと知り、その心の葛藤を描いた作品です。最小限の会話のやり取りに見えるリアルな家族の肖像に、ボロ泣き必至の作品です。
「仲の良い俳優がいるキャスト事務所の企画なんですけどね。気楽に、僕に監督やらせてくださいって言っていたら、いつの間にかほんとに撮らせてもらえることになっていました。幸運だったと思います。とてもローバジェットの作品ですが、初めて監督をやらせてもらって楽しくて仕方なかったですね。責任がすべて自分にある。自分が監督をやってみて実感したんですが、監督と比べると助監督って気楽なんです。もし自分が失敗しても全部監督のせいになる。世の中から、助監督が名指しで責められることなんてないんです。でも逆に、自分がいいと思うアイデアも引っ込めなければならないこともあります。観客に届くまでは作品は監督のものだから」
監督の楽しさを知ってしまった今。この作品をきっかけに、これからは監督業にいかれるんでしょうか?
「もちろん機会があれば、どんなものでも断るわけがない! でも助監督はもちろん続けますよ。監督になるタイミング? それはやっぱり、シンプルに監督で食っていけると思えた時じゃないですかね。僕なんてこれ1本撮って、あとは一生助監督かもしれないですし。先のことはわからないですよ」
ところで市原さんのように、助監督から監督デビューというのは王道の流れなんでしょうか?
「最近は変わってきているんじゃないでしょうか。僕も素直に監督って、助監督からなるものなんだろうなって思っていましたけど。CMディレクターが映画を撮ったり、それこそ自主映画から上がってくる方もいますし。現場のたたき上げの人が監督になったという話は、正直あまり聞かなくなりましたよね。それでも僕は助監督の先に監督があるって信じたいし、そうあるべきだと思っています。だって、助監督をやりたいと思って助監督をやる人ってあまりいないと思うんです。僕だってそうですよ。それにもし"助監督をやりたいんです!"っていう新人が入ってきたら、その時点で一緒に仕事をしたくないなって思いますから。やっぱり監督になりたいから助監督をやっている奴の方がずっとやりがいを持って仕事ができる。監督がいて、助監督が3人か4人いたなら、それぞれがちゃんと演出家としての意識を持っていなければ、意味がないですから」
現場で監督から学んだ多くのこと。
『日本沈没』や『眉山-BIZAN』、『隠し砦の三悪人』など様々な作品で助監督をされている市原さん。思い出の作品は「もちろん全部」だそうですが、なかでも学ぶことが多かったというのが『歩いても歩いても』(07年/助監督)、『そして父になる』(12年/応援助監督)での是枝監督との仕事。
「初期作品の頃からそうですが、是枝さんは子どもに対する演出の仕方がちょっと特殊で、台本を渡さないんです。子どもたちは何も知らないまま現場に来て、その場で監督とコミュニケーションをとりながら、芝居の方向に誘導していくんです。またドキュメンタリー出身ということもあるんでしょうけど、テストをほぼしないんです。段取りである程度流れを決めたらいきなり本番で、あわよくばそのワンテイクだけで終わりたいという印象が強いです。一番最初のものが一番いいっていう。覚悟もあるんですよね。だからいいと思ったら二度はやらない。素材として撮っておこうなんて、言わないんです」
そんな是枝監督は、市原さんにとって憧れの存在でもあると言います。
「演出って、すごく人柄が出るんです。たぶん僕は是枝さんが人として好きなんだと思います。それから変な言い方ですが、ああいう作品を作り続けていけるということへの憧れもあります。集客という面だけを考えると、今の時代、企画として非常に通りにくいんじゃないかと。でもちゃんと結果を出して、そういうものを作り続けられるのは、ご本人の力、作品の強さ。そしてもちろん、人柄もあると思うんです」
人柄というのは、映画監督にとってやはり重要な要素なんですか?
「僕の個人的な考えですが、監督でも助監督でも他のどのパートでも、愛される人は強いと思うんです。履歴書のある世界じゃないですから、この人のために何かをやってやろうって、周りが思ってくれることが助けにもなります。実際、映画監督って人間的な魅力のある人がとても多い。僕が繰り返し仕事をするのも、魅力ある人たちばかりです。それこそその人のためなら、お金が安くてもつきたいなって思うんです」
今、やってくれてよかった。『桐島、部活やめるってよ』
ちょっと話題が変わりますが、市原さんが一番好きな作品って何ですか?
「映画の仕事をしているとよく聞かれるんですが、僕は素直に『ニューシネマパラダイス』と答えています。劇場公開版が好き。ディレクターズカット版は長いからいらないです(笑)。映画は1時間45分くらいまでが気持ちいい長さだなって思うんです。今はそのくらいの長さのものが少なくなってしまいましたが。子どものアニメ映画だって90分ぐらいですからね。やっぱり理由があるんだと思います。でも、この映画に限らず、群像劇が好きなんです。人の人生が見えるって、なんか贅沢な気がするんですよね。例えば海外の群像劇を観ると、文化の違いも見える。一生のうちに海を見ることができない環境にいるからこそ、海に行くことがドラマチックだったりするでしょう? そういう発想は、この国にいたら生まれないと思うんです。もちろん景色も然りで、その場所へ行かずしてそういうものに触れられる。お金を払って観る価値があるんじゃないかなって。あと、群像劇ってヒーローがいない話じゃないですか。是枝さんの映画が気持ちいいのもそうなのかな。リアルな人物像に感情移入しやすいんですよね」
ちなみに『ニューシネマパラダイス』にはちょっと不思議な縁があるのだとか。
「好きといってもDVDもBlu-rayも持っていないので、観たくなったらレンタル屋で借りてるんですけどね。で、不思議なもので、『ニューシネマパラダイス』を観ている真っ最中に、新しい仕事の電話がかかって来ることが多いんです。だから仕事ないなって時には、借りに行こうかなと思ってる。買わないで借りるべき作品です(笑)」
求職中の人はぜひ一度お試しください(効果は保証しませんが)。
で、もうひとつ。ここ1年ぐらいでよかった映画は何ですか?
「『桐島、部活やめるってよ』は、今やってくれてよかったなって思いますよね。監督の力をすごく感じるし、ああいう映画が日本でもどんどん増えていって欲しいと素直に思います。あとは作品の良さに集客が比例してくれれば、日本の映画産業はもっと上がっていくんじゃないかって。桐島のような映画にちゃんとお客さんが入ってロングランになってくれると、作る方も色んな企画を通しやすくなるんじゃないかと思います」
助監督に必要な力って何ですか?
「自分のことはさておき、個人的な考え方という前提ですが、何よりもセンスがある人。心がタフであること。さっきも言いましたが、周りから愛される人。あとはやっぱり、人と向き合える人ですかね。僕ら助監督は、物を持たないパートと言われていて、扱う道具がないんです。あるといえば台本ぐらいかな。台本さえあれば、現場では手ぶらでもなんとかなるぐらいですからね。逆に言うと、他のどのパートよりも台本を読み込んで、理解してなきゃいけないんですが。でね、昔先輩に言われてなるほどなって思ったのは、"芝居をさせることが映画を作るということだ"っていう言葉。僕たちは人に芝居をさせ、撮影部はカメラに芝居をさせる。照明部は明かりに芝居をさせる。それぞれが自分の持ち場でいい芝居をさせることによって、映画が成立するんだって。僕たちはたまたまモノを持たないけど、だからこそ人の動きには責任を持たなければならないんです」
素晴らしい話......。でもまだまだ、助監督に必要な力はあります。
「気持ちを作るということです。演者だけじゃなく、スタッフも含めて。極端なことを言うと、昨日両親を亡くしたスタッフに、心からの笑顔で仕事させることができるのか。人間力はあればあるほどいいんです。僕もそういう先輩方を何人も知っていますが、羨ましいなって思います。でも、それは心の底からやらなければバレちゃいますよね。だからきっと、優しくなきゃいけないんでしょうね。さらに言うなら、柔軟さも大事。ひとつのことしか見えなくなっていたら、誰もついてきませんから」
それは監督にも通じることですか?
「監督の場合は、わがままな方がいいんじゃないかな。予算のこと知ってても気にしないで、絶対やりたい!って言えるくらいの。そういう監督の思いを何とかして実現するのが、助監督をやっている時の僕らの仕事。そのために他を捨てるという決断をしたり、全体を変えるという決断もある。その取捨選択のアイデアを僕らも出していくんです。もちろん頭ごなしに"できません!"という時もありますし。助監督というのは、監督とは違う目線で全体を把握していなければならない仕事。でもいつも思うのは、助監督をやる時は監督の思想には及ばないでいたいということ。全力を尽くしても監督がさらに上のアイデアを出してくるっていう意味ですけど。監督には、他の誰よりも貪欲に色んなことを考えていて欲しいんです。それでこそ、この人のためにやりたい!って同じ方向に真摯に向かえる。自分の方がいっぱい考えてたら、なんでこの人が監督なんだろう?ってなっちゃいますからね。僕より作品好きじゃないじゃん!って。例えば何本も作品をご一緒させてもらってる樋口さん(樋口真嗣監督)は、圧倒的に僕には想像の及ばないことをいつも言ってくる。そのひと言で、ものすごく周りが困ったりもするんですが。でも、困るのが楽しいんです。みんな集めて、どうやったらできるかねって考える。困って考えることを楽しませてくれる人なんです」
では最後に。これから助監督、果ては監督を目指したい場合、どうしたらなれますか?
「とにかくひとつでも、つながりを見つけることですね。映画業界の現場で働いている人と、どんな形でもつながりを持って、見習いでもなんでもいいから一度現場に入れてもらう。一番近いのは、やっぱり専門学校に行くことですよね。僕は行ってないので詳しく知りませんが、現場への研修もあると聞きます。もちろん学校へは行かないという選択肢もありますが、間口は狭いと思います」
(取材・文/根本美保子)