連載
映画ジャーナリスト ニュー斉藤シネマ1,2

第6回 『ゴジラで負けてスパイダーマンで勝つ/わがソニー・ピクチャーズ再生記』〜 瀕死の映画会社を立ち直らせた、日本人社長の冒険。

ゴジラで負けてスパイダーマンで勝つ: わがソニー・ピクチャーズ再生記
『ゴジラで負けてスパイダーマンで勝つ: わがソニー・ピクチャーズ再生記』
野副 正行
新潮社
1,296円(税込)
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☆ソニーがハリウッドの映画人に払った、高額すぎる授業料。

 映画のメイキング本は数々あれど、この本は違う。映画そのものではなく、その映画を作って配給している映画会社の内情を描いた本である。著者はソニー・ピクチャーズの社長を務めた野副正行で、彼がいかにしてアメリカン・メジャー系配給会社としてはどん尻だったソニー・ピクチャーズを再生させたかという内容だ。映画のメイキング本ならば、監督のワガママで現場がパニクったとか、女優が相手役と怪しい関係になったとか、下世話な好奇心をそそられることも少なくないが、映画会社の再生記となると、ライバル企業とのせめぎ合いやら興行成績やらシェアやら株価やらが出てきて、どちらかと言えばビジネス書的な要素が濃い。ずっと映画ばかり見てきた、文化系脳で理解出来るだろうか・・・という心配はご無用。野副の文章はカジュアルでありながら、その時々彼がどのようなシチュエーションに置かれたかを的確に描き、また興行収入やシェアなどのデータについても、その金額がどれほどのバリューを持つのかを、その都度分かりやすく説明している。つまりこの本は、ハリウッドの映画会社の経営戦術を、極めて分かりやすく解説したビジネス書と言えるだろう。

 1989年。ソニーがハリウッド・メジャーの1社であるコロンビア・ピクチャーズを買収。ここでソニーは大きな間違いを冒す。新しい経営者としてピーター・グーバーとジョン・ピーターズのふたりを、コロンビアのトップに迎えてしまう。このコンビはプロデューサーとして、『レインマン』『バットマン』などのヒット作がある。その手腕を見込んで・・・ということだが、映画作りと、映画を作って売る会社の経営は、似ているようでまったく違う。ヒット・プロデューサーに会社経営を任せてみたら、まったくダメだったという例は、我が国の映画産業でも時々見られる(逆に、プロデューサー時代は珍品を連発していた男が、映画会社の社長になるや、負債を解消し安定した業績を上げるようになった例もある。誰とは言わないけどさ)。コロンビアのトップとなったグーバー=ピータースのコンビは、自室を豪勢なインテリアで装飾し、「ピータースの指示で、ソニーのプライベート・ジェット機がアムステルダムまで飛び、チューリップを満載して帰ってきた、などというエピソードが報じられるようになった」(本文より)という。こりゃあかんと思ったソニーは、大金払って雇ったふたりの代わりに、打って変わって思想家タイプのジム・キャリーを新しい社長に据え、副社長として江副を送り込む。

☆007の代わりに映画化することになった「スパイダーマン」。

 トム・クルーズ主演の『ザ・エージェント』の認知度を上げるために予告編を徹底して女性向けに作り直させたり、VFXスタジオ・ソニーイメージワークスのリストラを断行したり、江副はソニー・ピクチャーズを立て直すべく手を尽くす。映画会社の経営の安定に必要なのは、新作ごとに確実なヒットを飛ばすシリーズ作品の存在だ。ヒット・シリーズの開拓を目ざすソニー・ピクチャーズに『007/サンダーボール作戦』のリメイク権を持つケビン・マクローリーが「サンダーボール作戦」の再度のリメイク(最初のリメイクは、1983年公開の『ネバーセイ・ネバーアゲイン』)を持ちかける。ところがこの企画に対して、007シリーズの映画化権を持つMGM/UAがソニー・ピクチャーズを提訴。マクローリーの持つ映画化権は過去のものだと主張する。あわよくば007シリーズを自社陣営にと考えていたソニー・ピクチャーズだが、MGM/UAに対して「サンダーボール作戦」リメイクと、ある企画とのトレードを行い、ウィン・ウィンの決着を試みる。その時MGM/UAが差し出した企画こそが『スパイダーマン』であり、しかもそのシナリオは、ジェームズ・キャメロンの手で書かれていた!! 結果的にこのシナリオは他の脚本家によって書き直され、監督にサム・ライミを迎えて映画化したところ、大ヒットを記録。第3作までを同じライミ監督とトビー・マグワイア主演で映画化し、喉から手が出るほどヒット・シリーズを欲しがっていたソニー・ピクチャーズを潤わせることに貢献する。このあたり、まさに事実は小説より、映画より奇なり。こういうことが、ちょくちょく起こるのがアメリカ映画界ってとこで、「ゴジラで負けてスパイダーマンで勝つ」には、そんな特殊な出来事に驚きつつも、着々とソニー・ピクチャーズの経営を立て直し、メジャー系配給会社としてのステイタスを上げていく様が、軽快なタッチで語られている。

☆スパイディVSゴジラ。2014年の戦況は・・・?

 本書の中で代表的な失敗例として語られているのが、日本のヒット・キャラクター ゴジラをアメリカ映画として製作したケースで、これはソニー・ピクチャーズをコロンビアと形成するもうひとつの映画会社トライ・スターが長年かかって実現した案件だ。ローランド・エメリッヒを監督に迎えた超大作と、意気込んだまでは良かったが、オリジナルのゴジラとは似ても似つかぬ風貌に観客は唖然。特にゴジラ生誕の国では「これはゴジラじゃない」とブーイングの嵐。世界的に興行は奮わず、ソニー・ピクチャーズの復権を目ざした江副たちの出鼻をくじいてしまう。

 そのエメリッヒ監督版『ゴジラ』の失敗を、『スパイダーマン』の大ヒットで挽回したというのが、本書のタイトル『ゴジラで負けてスパイダーマンで勝つ』の由来なのだが、この原稿を書いている2014年5月現在、ソニー・ピクチャーズの新しいヒット・シリーズ『アメイジング・スパイダーマン2』と、今度はワーナー=レジェンダリー・ピクチャーズが製作した『ゴジラ』が、アメリカで公開されている。特に『ゴジラ』はオープニング・ウィークエンド3日間だけで、興行収入9318万ドルをあげ、17日間で1億7216万ドルの『アメイジング・スパイダーマン2』を追撃の構え。このペースでサマーシーズン本番に突入した場合、今度はゴジラがスパイダーマンに勝つ可能性も高い。そんなことを念頭に置いて本書を読むと、また違った楽しみ方が出来るかもしれない。

(文/斉藤守彦)

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斉藤守彦(さいとう・もりひこ)

1961年静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、1996年からフリーの映画ジャーナリストに。以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「宇宙船」「INVITATION」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」等の雑誌・ウェブに寄稿。また「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」等の著書あり。最新作は「映画宣伝ミラクルワールド」(洋泉社)。好きな映画は、ヒッチコック監督作品(特に『レベッカ』『めまい』『裏窓』『サイコ』)、石原裕次郎主演作(『狂った果実』『紅の翼』)に『トランスフォーマー』シリーズ。

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