連載
映画ジャーナリスト ニュー斉藤シネマ1,2

第3回 映画パンフが、また面白い時代になってきた!!

映画『舟を編む』パンフレットより

☆映画ファンにとって、最も身近な出版物。

 映画館で映画を見た後、パンフを買う。映画ファンにとって最も身近な出版物はパンフと言っても良いだろう。筆者自身も一時期映画パンフに原稿を書くことが多かったし、パンフ編集者の知り合いもいる。その編集者たちの口から「最近パンフが売れない」とのフレーズを耳にする機会が増えたのは、ちょうどシネコンが本格稼働し始めた今世紀頭ぐらいの頃だろうか。「シネコンは、熱心にパンフを売ってくれない」というのが彼らの主張。「最終回の上映が始まりますので売店はこの休憩で閉めますが、パンフだけは受付で扱いますのでご利用ください!!」と、「映画鑑賞の記念にパンフを買うのは当然」といった認識の時代から、なるほど昨今のシネコンではショップの片隅にぼろぼろのサンプルが1冊おいてあるだけで、販売姿勢もいかにも受け身だ。中には発売しているパンフのリストを掲示して、「用紙に希望タイトルを書いてスタッフに渡せば買えます」というシネコンもある。いかにも「欲しいんだったら、売ってやるよ」と言わんばかりだ。なぜシネコンがパンフを売るのに消極的かといえば理由は単純で、シネコンとしてはパンフを1冊売ったとしても、さほどの利益を得ることが出来ない。仕入れ値が高い商品なので、手のこりが少ない。ならば利益率の高いポップコーンやドリンクを売ったほうが得なのである。


☆メモリアル性にデザイン、情報量が基準。

 映画館で買ったパンフに、映画のイメージのパッケージを求めた時代と違い、最近はしばらく待てば映画そのものがDVDや配信等で手に入る時代。映画パンフの独自性、希少性は下がるばかり。そんな「映画パンフ不遇の時代」。今また筆者の周囲で「あの映画のパンフを買ったけど、読み応えがあった」「デザインが面白い。ずっと取っておきたくなる」などの声が上がり始めた。試しに昨年公開された作品のうち評判が良かった3作品のパンフを取り寄せ、出版物としての書評を書くことにした。評価の基準は、1=映画鑑賞の記念になり、作品の内容やイメージをパッケージしているメモリアル性。2=デザインや内容に工夫があり、作品の魅力を充分に表現している。3=スチル写真だけでなく、テキストに情報量があり、他の出版物では読めない希少性がある。より深く映画を理解することが出来る。以上の3つである。


☆劇中の辞書の紙質を採用した『舟を編む』パンフのこだわり。

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 作品そのものの評価が高く、さらにパンフの出来が良いと好評を博したのが、昨年4月に公開された『舟を編む』のパンフである。厚さ約1cmのこのパンフ。前半カラーページに続くテキスト・ページは、劇中で馬締たちが作る辞書「大渡海」と同じ用紙に同じ判型という懲り様。内容も主要出版社の辞書編集長らにより、辞書の作り方の実際が詳しく語られている。その上で石井裕也監督やスタッフのインタヴューと映画のメイキングへと移行する、この自然な流れが心地よい。そしてシナリオ採録から後半カラーへと移るわけだが、この後半カラーページでは出演者ひとりひとりの顔写真と役名、俳優名に加えて各自にキーワードを設定し、解説してもらう楽しいお遊びがつく。ひとつひとつの解説から、俳優の思わぬ個性や表情がうかがえたり。映画を見る前に目を通しても良し。映画を見た後でじっくりと味わうも良し。

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 このパンフを筆者が高く評価するのは、編集者が観客と同じ視点を持っていることだ。単なる解説ではなく映画を楽しむための情報を観客目線で捉え、それを出版物にフィードバックしているあたり、辞書刊行のプロセスを舞台にした『舟を編む』という映画に相応しい。編集・発行は松竹事業部出版商品室。発行時の価格は、税込み900円。コストパフォーマンスを考えれば、決して高くはない。


☆ユニークなデザインの『タイピスト!』

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 昨年8月に公開された、ギャガ配給のフランス映画『タイピスト!』は、何の取り柄もない女性秘書がタイプライターの早打ちコンテストに挑むというキュートな熱血エンタテインメントだが、そのパンフレットときたら「そのまんまやんけ!!」と言いたくなるようなデザイン。表紙がそのままタイプライターの形をしているのだ。これはデザイナーの着想を製本業者が工夫して実現した例で、下記のサイトにこの表紙のメイキング・プロセスが公開されている。
http://www.s-shiko.co.jp/casestudy/typist/

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 これまた『舟を編む』と同様、映画のパーソナリティをパンフに反映した好例だ。ただ単に表紙をタイプ状にするのではなく、そのカラーリングを映画に登場する1950年代のカルチャーをイメージしているあたりも楽しい。ただし内容はパンフのパターンである「ストーリー」「解説」「プロダクション・ノート」「エッセイ」「スタッフ・キャスト・プロフィール」だけで終わっているあたりは、もうひとひねり欲しかった。編集はギャガと東京テアトル。発行東京テアトル。発行時の価格は税込み800円。


☆オフィシャルブックを凌駕する『キャプテンハーロック』パンフの情報量!!

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 アニメ、特に特定のファン層を狙ったアニメ映画はパンフ購入率は高いが、それだけに高度な内容を求められるから、編集サイドも大変だ。しかもこの種の作品では版権商品の展開も公開時に行われるケースも多く、いわゆる"美味しいネタ"は、オフィシャルブック優先、パンフは後回しになることも多いという。

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 昨年9月に公開された、東映配給『キャプテンハーロック』のパンフはそうした環境の中で、充実したパンフを作りあげた。ストーリー、解説などに加え、『キャプテンハーロック』で描かれた時代に至るまでの詳細な解説や、頻出する用語解説の類いは、このパンフでなければ読めないテキストだという。膨大な情報量と横位置の判型を活かしたデザインが、すっきりとしていて読みやすく、センスの良さを感じさせる。発売時価格は税込み1000円。発行は東映事業推進部。


☆名画座での上映時には、問い合わせてみるべし!!

 ここで取り上げた3作品は、共にロードショーが終了していることから、残念ながら入手は難しい。ただし名画座での上映時にはパンフレットが販売されることもあるので、その際には名画座に電話で問い合わせることをお勧めする。映画を見なくても、パンフだけを購入することは可能。その旨受付で伝えれば大丈夫。昨今ではシネコンでたくさんの作品を扱うため、上映終了と同時にパンフも発行元に返品されてしまうことが多い。またパンフを扱うシネマショップや通信販売も、いつの間にか見られなくなってしまったのも、"不遇の時代"の一因と言えるかもしれない。

 あるプロデューサーは「パンフなんて、写真だけ載っけておけばいいんだ!!」と豪語する。これが映画の作り手を代表する意見だとしたら哀しいことだ。そんな中、ひとりでも多くの観客に満足感を与えるべく、日夜奮闘しているパンフ編集者、デザイナー、ライターたちの頑張りに敬意を表す。映画パンフもまた「作品」なのである。

(文/斉藤守彦)

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斉藤守彦(さいとう・もりひこ)

1961年静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、1996年からフリーの映画ジャーナリストに。以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「宇宙船」「INVITATION」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」等の雑誌・ウェブに寄稿。また「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」等の著書あり。最新作は「映画宣伝ミラクルワールド」(洋泉社)。好きな映画は、ヒッチコック監督作品(特に『レベッカ』『めまい』『裏窓』『サイコ』)、石原裕次郎主演作(『狂った果実』『紅の翼』)に『トランスフォーマー』シリーズ。

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