第7回 『スクリプターはストリッパーではありません』〜撮影現場にすべてを捧げた、ひとりの女性の仕事と誇り。
- 『スクリプターはストリッパーではありません』
- 白鳥あかね
- 国書刊行会
- 3,080円(税込)
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☆スクリプターとは、いわば監督の秘書である。
映画の撮影現場には、必ずその女性の姿がある。監督の演出意図が確実に反映されているか、逐一確認していくのが彼女の仕事だ。監督を一般企業の重役あるいは社長に例えれば、スクリプターという職種は、秘書に当たるだろう。だから「スクリプターはストリッパーではありません」を書き下ろした(というより、これは語り下ろしだね)スクリプター白鳥あかねさんは、ベテランの辣腕秘書だ。ボスの意向を素早く察知するだけでなく、周囲に気配りを忘れず、職場(現場)が円滑に回るよう常に目を光らせ、耳を傾ける。時には現場の母として、まあまあまあと、わんばくな活動屋どもをなだめなくてはならない場合もある。男性シェアが圧倒的に高い映画撮影現場に咲く一輪の花、紅一点などという形容は似合わない。とてもハードな職種なのである。時折撮影現場見学や取材に赴く筆者も、現場で働くスクリプターの、地道かつ綿密な仕事ぶりには目を見張るばかりだ。一度彼女たちが使ったシナリオを見せてもらったことがあるが、その書き込みの多さに目が点になった。細かな台詞の変更から、俳優さんの立ち位置、衣裳、小道具の配置・つながりに至るまできちんと書き込んである。しかも余白には、その時のカメラアングルや諸注意が列挙されていたり。すべてを記録する女=スクリプターがいなければ、映画は監督の意図通り完成することが出来ないのだ。
☆夫婦で日活ロマンポルノ路線に参加。
聞き手の質問に答える形で白鳥さんの少女時代、そして新藤兼人監督の『狼』でスクリプター見習いとして映画界入りしたことが、さくさくと語られる。日活入社後、『渡り鳥』シリーズで著名な斎藤武市監督作品につくことが多くなり、地方ロケにまつわるエピソード、同じ日活の助監督だった白鳥信一(後に監督)との結婚式で、今村昌平監督が見せた楽しい演出などが語られる。その白鳥さんが大きな転機を迎えたのは1971年。日活が経営難を打破するために、ロマンポルノ路線に突入したことである。会社はスタッフや俳優たちに、このままポルノを作るか、それとも会社を辞めてフリーになるか、二者択一を迫ってきた。白鳥さんは「もうちょっと、クリエイティヴな仕事に関わりたい」と、会社に残ることを決意。当時助監督だった旦那さん(白鳥信一さん)も同様で、ベテランたちが出ていったおかげで監督昇進を果たすことになった。そしてあかねさんは、低予算少人数スタッフのロマンポルノの現場で、自分の作品を撮る自由を得た、才能あふれる監督たちと出会う。中でも神代辰巳監督との現場は、彼女の人生観を大きく変えるほどであった。
☆読了後の爽快感は、専門技術者故の謙虚さとプライドの反映。
この本を読み終えて強く感じる爽快感。これっていったい何だろうか? スクリプターという職種自体が、残念ながら未だ世間的には大きく認識されていない(それどころか、昨今ではデジタル化の弊害で、スクリプターのいない現場も増えているという)。それ故白鳥さんの発言を通して、スクリプターとはいかなる職業かという好奇心を満たすことが出来る。そのこともさることながら、聞き手の質問の的確さもあり、白鳥さんはこの本の中で、あくまで「スクリプターとして」発言している。これに徹している。無論ご主人のことや、自身の少女時代のエピソードは、ご自身のキャラクターを理解してもらうために披露しているが、多くの監督やスタッフ、俳優たちと交わした会話の大半は、特殊な技能職であるスクリプターとしての視点を反映したものであることに気づく。
昨今映画の作り手や宣伝に携わった人たちが、その舞台裏を語った本を刊行する機会が多くなったが、舞台裏故、読者が知らないのをいいことに「あれもオレがやった。これもオレの手柄だ。この映画は大ヒットした。あれもオレが当てた!!」と、手柄独り占めよろしく、自分がいたから映画が成功した、ヒットしたと豪語する人が出てきて辟易することがある(誰とは言わないけどさ)。そんな厚顔無恥な、自慢ばかりの空虚な本に比べて、この本での白鳥さんの姿勢は、事実は事実として語るが、その根底に垣間見えるのは、スクリプターという職業を続けていることに対するプライドと、自身はひとりの現場スタッフにすぎないという謙虚さだ。間違っても「あの映画は、アタシがスクリプターやったから名作になった」「私がいたから当たったのよ!!」などという発言は見られないし、彼女自身、そんなことを考えたこともないだろう。
☆スクリプターがストリッパーになった瞬間・・・。
一度聞いたら忘れられない「スクリプターはストリッパーではありません」という、この絶妙なタイトルは白鳥さんの先輩スクリプターの発言からとったものだ。これにも面白いエピソードが存在する。神代監督のロマンポルノ『濡れた欲情 特出し21人』は、上山田温泉にある浅草ロック座の支店とのタイアップで撮影された作品だ。撮影隊は上山田温泉に宿泊。近隣の店で、毎日食事をいただく。その時世話をしてくれたのが、夜にはストリップ劇場で華やかに舞うストリッパーの女性たちだった。そして撮影の最終日。白鳥さんと撮影のベテラン・姫田真佐久さんは、「ストリッパーの方々に、誠心誠意尽くしてもらったのだから、最終日ぐらいは私たちが踊りましょう」と合意。姫田さん、神代監督に続いてステージに立った白鳥さんは、上半身裸になり、ノリノリで踊りまくる。それを見たストリッパーの女性たちは、泣いて喜んでくれたという。ところが白鳥さんのそんな行いは日活撮影所まで届いており、帰京した彼女は、先輩スクリプターの秋山みよさんから「白鳥さん。スクリプターはストリッパーではありません」とお叱りを受けてしまう。これが本書のタイトルに使われたというわけだ。おもてなしを受けた以上はおもてなしで、志には志で、心意気には心意気で答える。活動屋の律儀さ、誠実さと共に、多少の気恥ずかしさが感じられる、秀逸なタイトルだ。このタイトルには、ずっと撮影現場でスタッフ、キャストと苦楽を共にしてきた白鳥さんの誇り、そして謙虚さが込められている。
(文/斉藤守彦)