第2回 『監督と俳優のコミュニケーション術/なぜあの俳優は言うことを聞いてくれないのか』〜実用書としても、内幕モノとしても楽しめる本。
- 『監督と俳優のコミュニケーション術 なぜあの俳優は言うことを聞いてくれないのか』
- ジョン・バダム,クレイグ・モデーノ,シカ・マッケンジー
- フィルムアート社
- 4,640円(税込)
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☆俳優たちの時代が訪れている?
「今や健全な野心と技術、エネルギーに満ちた俳優たちが、映画界を引っ張っていく時代」。こんなことを、もうかれこれ2年ほど前から公言している。そんな「俳優たちの時代」の根拠は何かと言えば、ここ数年日本映画のヒット・ランキングの上位がアニメ映画に占められていることだ。アニメ映画のファンは、映画ファンではない。これから実写映画に必要とされるのは、「アニメには見られない映像」となるだろう。その筆頭にあげられるのが、俳優たちの演技というわけだ。
そもそも僕たちが映画館で入場料金を払うのは何のためかといえば、プロである俳優たちの演技を見たいからだ。その俳優たちの演技を通して、監督の演出技術や映画作りの技術を推したりする。つまりプロの俳優の演技が下手ということは、それを演出している監督が下手。それらを許容するスタッフがダメ、という評価になってしまうのだ。いかに優れたVFX技術を持ってしても、俳優たちから自然で説得力ある演技を引き出すことは出来ない。そして優れた監督の手で演出された俳優たちの演技は、必ずや作品のセールスポイントとなり、観客たちを惹きつけるに違いない。
☆監督と俳優の、デリケートで緊張感ある関係
本書『監督と俳優のコミュニケーション術』の著者のひとりジョン・バダムは、『サタデー・ナイト・フィーバー』『ウォー・ゲーム』『ブルーサンダー』『ハード・ウェイ』『ニック・オブ・タイム』などのエンタテインメント作品で知られる、ハリウッドの名監督のひとりだ。そんな彼が自作の撮影・制作プロセスで経験した、俳優たちとのやりとりやアクシデントを実例とし、さらに周囲の監督や俳優たちにバダム監督の友人であるジャーナリスト クレイグ・モデーノがインタヴューを行った上で、監督と俳優というデリケートで緊張感溢れる関係をもとに、いかにして良質な作品を生み出すかを指南しているわけだが、その実例の面白さや意外さ。時には映画の内容よりも面白いエピソードの数々は、映画作りのバックヤードを見る楽しさに溢れており、そこだけを拾い読みしても、ある種のハリウッド裏面史として通用するほどだ。
☆イヤな監督たちとどう対峙して、要求を飲ませるか?
例えば『サタデー・ナイト・フィーバー』のあるシーンを、スタントマンを使って撮影した。それを知った主演のジョン・トラボルタが「トニー・マネロ(「サタデー・・」のトラボルタの役名)は、こんな行動をしない」と全面否定して、バダム監督を困らせる。本書ではこうしたエピソードを語ると共に、各章の末尾に「ポイント」を設け、肝要な部分を短いフレーズで表している。「絶対にキャストと喧嘩をしてはならない。監督が必ず負ける」とのポイントは、バダム監督が『サタデー・ナイト・フィーバー』の撮影で味わった苦労が反映されている。
また、後に『黄昏』を撮るマーク・ライデル監督が新人時代『11人のカウボーイ』でジョン・ウェインを演出する。1500頭の牛とウェインが共演するシーンで、ライデル監督より先にウェインが牛を動かしてしまい、現場は混乱。怒った監督は思わず口汚い言葉でウェインをののしってしまい、クビを覚悟する。ところがウェインはライデル監督に対して"君を見ていると、ジョン・フォード監督の現場を思い出す"と新人監督に握手を求め、ふたりは以前より仲良くなったというエピソードは、まさに「俳優とのコミュニケーション術は、ひとつの技能」とのポイントに相応しい。
つまり本書は監督を目ざす人には「俳優たちとどうコミュニケーションをとり、彼らの実力を引き出すか」を。俳優志願者にとっては「イヤな監督たちとどう対峙して、自分の要求を通すか」を、豊富な事例でじっくりと教えてくれる実用書である。もちろん映画作りの裏側に興味がある人たちの知的好奇心を、充分に満足させることも万全だ。
本書で取り上げているのはすべてアメリカ映画の例だが、日本で活動する俳優たちにも参考になる点は、多々あるはず。監督たちとのコミュニケーション術を会得し、優れた作品作りに関わって欲しいと切に願う次第。
(文/斉藤守彦)