もやもやレビュー

考察とは名ばかりの妄想が暴走する『ROOM237』

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 友人の芝居を見に行ったら、芥川龍之介「藪の中」を極めてストレートに演劇化したものだった。上演にあたって参考までに「藪の中」についての論考を調べたところ、ウェブ上ではいわゆる「考察サイト」が山のように見つかったという。

 「藪の中」は、タイトル通り藪の中である事件が起こり、関係者三名による、それぞれに矛盾する証言が綴られる短編小説である。黒澤明監督の『羅生門』として映画化された際に脚色された四つめの証言に表現されている通り、この作品は三名が三名とも、自分にとって都合の良い内容の証言をしている、自分の立場を守るためなら人間は嘘をついてしまうものだ、ということがテーマとなっている作品である。誰の証言が本当で誰の証言が嘘なのかの真相を暴くミステリー、ではないのである。

 そんなことはそれこそ先の『羅生門』を見ずとも、原作「藪の中」を一読すればわかりそうなものなのだが、考察をしている方々が少なからず見つかった、と友人は言う。筆者の主観だが、「藪の中」に限らないこの手の「考察サイト」とやらは、作品の本筋とはズレた要素をこじつけて勝手に読み解いた気になっている、はっきりいえば「妄想サイト」と言い換えても良さそうな代物が大半だ。

 そんな考察という名の妄想を繰り広げる方々を追った興味深い作品がある。スティーヴン・キング原作、スタンリー・キューブリック監督『シャイニング』のファンがそれぞれの「考察」を開陳していくドキュメンタリーというかインタビュー映画『ROOM237』がそれだ。

 『シャイニング』は、スランプの作家が妻と息子を連れて、冬の間は大雪で閉鎖するホテルの管理を引き受けるが、外界と遮断された環境の中、ホテルに巣食う亡霊たちの影響によるものか、徐々に常軌を逸してゆき、妻と息子を亡き者にしようと追いかけ回す、あまりにも恐ろしいホラー作品だ。

 もっとも、こうしたシンプルな内容でありながら、ホテルに巣食う亡霊の正体は結局なんなのか、息子が持つ特殊能力「シャイニング」とは何か、なぜロビーに飾られた過去の写真に作家が写っているのかなどなど、本作には謎めいた描写をされながら、最後まできちんと説明されない要素が多々存在する。こうなればもう、「考察」の出番である。

 「ROOM237」は『シャイニング』劇中に登場する、ホテル内でもっとも危険とされる開けてはいけない部屋番号なのだが、映画『ROOM237』でインタビューを受ける方々は、この部屋に限らず、『シャイニング』の開けてはならない、というより開ける必要がなさそうな、そもそも最初から存在していなさそうな部屋や扉を次々と「考察」の名のもとに開いていく。いや、一応は存在というか画面に映り込んでいるものからの「考察」が大半ではあるのだが、例えばピントの合ってない背景に飾られた絵画に隠されたメッセージやら、映画を逆再生すると浮かび上がる真実、移動映像からホテル内の図面を組み立てると謎の空きスペースがある、等々、余計なことばかり気になっている様子。

 おそらく『2001年宇宙の旅』を筆頭とする、ある意味パーフェクトとされる映画ばかり撮ってきたキューブリック作品であるだけに、画面に映るありとあらゆるものにはなんらかの意味があるという前提によって、結果的に映画の本筋とはまるで無関係にしか思えない無理筋な「考察」という名の「妄想」を突き詰めてしまった方々が少なからずいる、というのがここでの本当の「真実」なのだろう。『シャイニング』の謎自体を解き明かす作品としては『ROOM237』ははっきりいってまるで役立たずだが、こういう人たちが少なからず存在するという見本市的な意味では一見の価値がある。ウェブで本作の感想を眺めていると、困ったことに彼らの「考察」に納得させられている方もいるようだが、あくまでも反面教師として対峙していただきたい。

 というところで締めくくっても良いのだが、考察という名の妄想を繰り広げる方々自体をネタにした作品を思い出したので、ついでに記しておく。コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」シリーズを、現代のロンドンに舞台を移したイギリスのテレビドラマ『SHERLOCK/シャーロック』がそれだ。

 本作では第2シーズン最終話にて、原作「最後の事件」同様に、ホームズが宿敵モリアーティと共に高所から落下、死亡する様子が描かれる。が、その後、ホームズの墓参りをして去っていくワトソンを、遠く離れた場所から見つめるホームズの姿が写り、その回は終わる。

 放送終了からしばらく後、期待通りに第3シーズンがスタートするとの告知にファンは沸いた。あのラストからどのようにホームズが復活するのか? 多彩な考察合戦があちらこちらで勃発。そしていよいよ放送開始!

 その第3シーズン第1話の内容はなんと、「ロンドン中の人々が、街の英雄シャーロック・ホームズはいかにしてあの状況から助かったのか、推理合戦しまくっている」というものなのであった。そのため、劇中でも多彩な考察が映像化されて登場。そしてついに、親友の死の悲しみから立ち直れずにいるワトソンの前にホームズが姿を現し、どうやって助かったのか話そうとした途端、ワトソンはホームズをぶん殴っちゃうのである。「どうやって助かったかなんてどうでもいい! こっちはこんなに悲しんでたのに、生きてたんならどうしてさっさと連絡しないんだ!」というわけである。

 一応、このエピソードの最後でホームズ自身が助かった真相をファンに話す場面があるのだが、ファンはその内容に矛盾があることに気付き、そのままこの回は終了。ファンが好きなように考察して構わないという余地を残したまま、しかし真相は藪の中で、ファン心理を取り込んだ見事な復活劇だと感心したのであった。

 ちなみにこの手の「考察」に対し、さらに身も蓋もないことを発言しているクリエイターもいる。アメリカで放送され日本でも人気を博したブラックなギャグ満載のアニメ『サウスパーク』の作者トレイ・パーカーがその人だ。同作では主人公の一人の父親が誰だか不明なのだが、第1シーズン最終話で「じゃあ誰が父親なの?」みたいな展開になりつつ、「来シーズンに続く!」で終わってしまう。本作のテイスト的に当然のことながら第2シーズンではその続きを描きつつもはぐらかされてしまい、ファンはカンカンに怒っちゃったらしいのだが、高橋ヨシキ編著『公式版サウスパーク・コンプリート・ガイド』(洋泉社)でパーカーは「父親は誰だ? ってみんなパニックになってたけど、早い話が俺たちが『この人でしたー』って言えば誰でもいいわけでさ」などと言っており、こうした発言を目にすることで、なおさらいわゆる「考察サイト」ってただの妄想だよな、という気分を強くしてしまうのであった。

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田中元画像.jpeg文/田中元(たなか・げん)
ライター、脚本家、古本屋(一部予定)。
https://about.me/gen.tanaka

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