取り乱したくないときはリハーサルを。『花様年華』
- 『花様年華 [DVD]』
- トニー・レオン,マギー・チャン,ウォン・カーウァイ
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浮気なんてされたくない。でも「今日は遅くなりそう」はもはや常套句だし、家にもあまり帰ってこない。「もしかしたら...」となんとなく相手の秘密を察しはじめている...という状況に置かれる男女の姿をしっとりと描くのが、ウォン・カーウァイ監督の名作『花様年華』(2000年)。傷ついた心のうちを隠すかのように美しく着飾るふたりを見て、余計に悲しい気持ちにさせられたのは私だけでしょうか。それはさておき、この映画には大切な話し合いの前には下準備が効くかもと思わされました。
チャウ(トニー・レオン)とチャン夫人(マギー・チャン)は同時に同じアパートに越してきたご近所同士。ふたりは互いのパートナーの帰りが遅いのを見て「あら、今日も帰ってきてないんですか。お宅の奥様」「あら今日もいないんですか。お宅のご主人」という会話を何度か交わし、次第にお互いのパートナーが、お互いのパートナーと浮気していることに気づきます。「いやいや、でも私たちも同じことをしたらみっともない」とふたりは関係を持たないと決めるものの、寂しさのあまりに一緒の時間は増し、複雑な関係は余計にこんがらがり...。
仲を深めていくうえで、ふたりは互いのパートナーを演じ合う「夫妻ごっこ」を度々行います。なかでも注目したいのは、チャン夫人が自身を演じ、チャウが彼女の旦那を演じるシーン。演技であるにも関わらず、愛人ができたことを打ち明けられたチャン夫人は、取り乱してチャウのほっぺたをペチンと叩きます。するとチャウは「そんなに取り乱しちゃダメだ。もう一度やってみよう」とまるで監督かのように指示するのです。
最終的にチャン夫人は泣き崩れてしまいますが、たしかに本番でそこまで取り乱したら余計に惨めな気持ちになりそうです。どうせなら「私を置いていったらあなたが損するわ」くらいの気持ちでいたほうがこちらも清々としますし、前進できる希望すら生まれてくるかもしれません。でも練習なしにそんな言葉はなかなか出てこないでしょう。
男女の話題に限らずとも、大切な話し合いの前にはリハーサルをしておくことで、冷静さを保つという手もありかもしれません。
(文/鈴木未来)