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本当の「虐殺者」は誰でもない。『アメリカン・スナイパー』

映画『アメリカン・スナイパー』は、新宿ピカデリー・丸の内ピカデリー 他全国公開中です!

 本作でブラッドリー・クーパーが演じたクリス・カイル。彼はイラク戦争中の03〜09年までに、現地の戦場で160人以上の敵兵を射殺した、実在する狙撃手です。その業績は、本国では「伝説」と讃えられる一方、イラク国内では「悪魔」と称され多額の賞金首とされたほど。本作は、彼の戦地と故郷での「生身の部分」にスポットを当てます。

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 作中の印象的なシーンのひとつが、カイルの幼少期のエピソード。いじめられていた弟を守るため、兄として相手をボコボコにします。そして、その行動を父親に褒められ、「世の中には羊、狼、番犬の三種類がいる」という教えを受けます。曰く、「羊は暴力を否定し平和に暮らせると思っているが、狼たちの暴力や悪意にさらされると、何もできずにやられてしまう。そこで狼たちから羊を守る選ばれた存在が番犬であり、この役割を誰かが担わなければならない」。この父からの言葉を証明するように、カイルはその後「スナイパー」として「番犬」の役割を全うしていくことになります。

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 冒頭で述べた通り、本作が映すのはカイルという一人の男の物語です。ストーリーを通して浮かび上がってくるのは、彼が夫であり父親であり、戦地の仲間にとっては気の置けない一人の友人であったということです。カイルにとっては、彼らを「番犬」として守り抜くことが、仕事であり使命でした。けれども、その任務の中では、友人や家族への献身が、命を奪い取る暴力と表裏一体になってしまう。そのような状況はカイルの心をしだいに蝕んでいきます。戦地から帰還しても心的外傷(PTSD)が残され、小さな音やじゃれつく犬からでさえ、戦地での出来事がフラッシュバックしてしまう。物理的には戦地から離れても、精神的に帰ってくることが出来ない。影のようにまとわりつく戦地での記憶が、本作に悲劇的な結末を残します。

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 本当の意味での「虐殺者」が誰であるのかは、本作の答えではありません。それはカイルでもなく、敵国のテロリストでもない。敵とみなされた人もまた、家族を抱えながら命を危険に晒して戦いの場にいるからです。カイルと同じ様に、彼らも身体的、精神的に傷を負います。結論らしきものとして言えるのは、戦地に赴いた誰もがみな「敗者」になってしまうという、戦争の圧倒的な暴力性ではないかと思います。本編の後に流れる、装飾が排除された無音のエンドロール。この余白は、イーストウッド監督から一人一人の観客への「自分の頭で、この物語の意味を考えてみろ」というささやきに感じました。是非すぐには席をたたずに、余韻の中で頭を悩ませてみてください。そこまでを、この映画は作品として含んでいるのだと思います。

(文/伊藤匠)

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『アメリカン・スナイパー』
新宿ピカデリー・丸の内ピカデリー 他全国公開中

原題:AMERICAN SNIPER
監督:クリント・イーストウッド
出演:ブラッドリー・クーパー、シエナ・ミラー、ジェイク・マクドーマン、ほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
2014/アメリカ/132分

公式サイト:www.americansniper.jp
©2014 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

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