もやもやレビュー

『十二人の怒れる男』を見て、最初のフォロワーこそヒーローなんではないかと思った。

十二人の怒れる男 [DVD]
『十二人の怒れる男 [DVD]』
ヘンリー・フォンダ,マーティン・バルサム,リー・J・コップ,エド・ベグリー,E・G・マーシャル,シドニー・ルメット
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HMV&BOOKS

 多勢に無勢という状況よりも、無勢側が多勢を喰っていく状況を見るのが好きです。たちの悪いチンピラ軍団に、腕一本で冴えないおじさんが大立ち回りをしたりとか、そういったシチュエーションです。今回紹介する『十二人の怒れる男』もそんなお話しの1つです。

 ある殺人事件の陪審員として集められた12人の男達。本来きちんとした話し合いのうえで決めるべきところ、もはやそれが慣例なのか、大した話し合いもせずに殺人を犯したとされる少年に対して有罪の結論を出そうとします。

 そこでたった1人、少年を無罪として異義を申し立てるのが陪審員8番です(ちなみにこれが役名です)。「決定の際は陪審員全員の了解がなければならない」という裁判ルールがあるため、野球のナイターを見に行きたいがために早く終わらせようとする者や、はなから有罪と決め込んでいた者達は8番に怒りと敵意を剥き出しにするわけですが、8番は「話し合いましょう」と一歩も譲りません。

 開始直後から陪審員同志が対立し、あわや膠着状態に陥った議論。そんななかで、状況を打破するきっかけを与えた人物が、陪審員9番のおじいちゃんです。

 この映画の一番の魅力は、大多数が少年を犯人だと思い込んでいたところから、論理的解釈と地道な議論によって徐々に全貌が明らかにされていく過程にあります。そしてその立役者になった人こそ、孤立無援状態の8番側にまっさきに回った9番のおじいちゃんだと僕は思います。この最初のフォロワーが存在しなければ、この事件はそのまま有罪判決となり(映画の中でも9番が立場を翻さなければ、結論は有罪となる流れでした)濃厚な議論と真実は生まれなかったはずです。

 周りに正しい主張をしている人がいたら、その人をまっさきに支持してあげること。そこにヒーローになるチャンスが隠れている気がします。

(文/伊藤匠)

« 前の記事「もやもやレビュー」記事一覧次の記事 »

BOOKSTAND

BOOK STANDプレミアム