インタビュー
映画が好きです。

「みんなどこか壊れていて、それに恥じることはない」

『あの歌を憶えている』ミシェル・フランコ監督

オスカー女優のジェシカ・チャステインとピーター・サースガードが共演する感動ドラマ『あの歌を憶えている』が2月21日(金)より新宿ピカデリー、Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下ほか全国公開。ベネチア国際映画祭をはじめ、数々の賞にノミネートされた本作。メガホンを取ったのは、衝撃的な結末で世間を驚かせた『ニューオーダー』などで知られるメキシコ人監督のミシェル・フランコです。筆者は、本作公開前にフランコ監督に独占インタビューを決行し、人の記憶に残る映画の作り方や、撮影中のエピソードについて伺ってきました。

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----「何らかの理由で社会の隙間に落ちてしまう人々についての映画を作りたかった」と公式サイトでコメントしていますが、そのようにお考えになった背景や、きっかけとなるエピソードがあれば、ぜひお聞かせください。

私自身、そういった映画にすごく惹かれ、鑑賞するのが好きなんです。また現在、特にソーシャルメディアでは「自分はパーフェクトだ」と見せるトレンドがあり、それが大嫌いなことも理由の一つです。フェイクなものを見せることは、すごく害があると思っていますし、映画というのはその逆のことができると考えています。リアリティを見せ、そのリアルと現実の折り合いをつけることができる。つまり「みんなどこか壊れていて、それに恥じることはない」ということを映画で見せたかったのです。

----脚本執筆の際、シルヴィアとソールという二人のキャラクターをどのように構築されていったのか、お伺いさせてください。

まずは、ある男性が同窓会の後で、ある女性の後を追い、彼女の家までついて行くという状況が浮かびました。そして「この人はなんなのだろう」「なぜこの状況が浮かんだのだろう」と自分に聞き始めたのです。最初は、この男性が女性の苦しみの原因を作った人だと思ったのですが、しっくりきませんでした。そこからなるべくキャラクターたちをリアルにしていったのです。脆い人にして、どこかちょっと壊れてしまっている人にしようと、試行錯誤をしました。

この映画は、しっかりしたストーリー、そして非常に強いキャラクターによってストーリーが展開していくという両面があります。そのためキャラクターたちがどういう背景を持っているのか、何を求めているのかを深く理解しなければいけなかったのです。そして、キャラクターたちは自分が求めてはいけないものを見つけてしまうというストーリーがどうにか仕上がりました。そこに、素晴らしい役者さんがいたことによって、より美しいものが完成したのです。

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----キャスティングに関しては、最初から具体的なイメージをお持ちだったのでしょうか。

当初、ジェシカのことは個人的に知らなかったので、全然頭にありませんでした。彼女のエージェントと僕のエージェントが我々を引き合わせてくれて、すごくいい仕事ができたのです。ピーターについては、ジェシカに「相手役は誰がいいと思う?」と聞いたら3人の名前を挙げてくれました。そのうちの1人がピーターで、直接会って、彼が相応しいと思いました。

----ジェシカ・チャステインさんといえば、これまで力強いキャラクターを多く演じてきた女優さんというイメージですが、本作では一転して、泣き崩れるシーンがあったり弱さを見せるキャラクターでもありました。本作の撮影中、監督がジェシカさんにどのようなアプローチやリクエストをされたのか、お聞かせいただけますでしょうか。

私はあまり細かく指示をしません。撮影中の会話だけで、十分に伝わるのです。最高の俳優さんたちをキャスティングしてるので、残りは彼ら彼女たちに任せています。ジェシカは、本当に素晴らしい広大な宇宙を自分の中に持っていて、ものすごく複雑な背景も持っている人です。彼女を一見しただけで、今までやった役柄だけからは想像できないほど、引き出しがいっぱいあることがわかりました。そしてもちろん素晴らしい役者さんですから、準備もよくわかっています。撮影の初日か2日目、あるシーンをやった時に、あまりうまくいかなかったので、私が彼女に「シルヴィアは、非常に中身が乾いていて、死んでいる状態なんだ。で、それが少しずつ生き返っていく」っと言ったらしいのです。私自身が覚えていないのですが......。でもジェシカはそれを覚えていて、そのひと言をずっと頭の中に残し、撮影終わるまでその演出に従っていったと話していましたね。

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----また、ジェシカ・チャステインさんやピーター・サースガードさんとのお仕事を通して感じられたこと、特に印象に残ったエピソードなどがあれば教えていただきたいです。

たくさんありますが、そのうちのひとつは、トレーラーを使わなかったことですね。私はこの映画のプロデューサーでもあるのですが、スターたちが一般的に使うトレーラーを、本作の撮影現場では使わないと決めました。待合室や衣装部屋は撮影場所近くにある部屋を利用しました。スターとしてではなく、"普通の人"として扱ったのです。もし、映画自体が良くて、俳優さんたちがその映画に惚れ込んでいれば、周りの派手なものはいらないと思います。彼らはものすごく一流の役者さんたちですが、シンプルに仕事をしました。また周りに多くのスタッフをおかなかったことで、より親密に仕事ができたのです。ジェシカはオスカー女優ですが、ビーガンで毎日自分の食べ物を持参するようなすごく普通の一面もあります。こういう"普通"で"シンプル"な仕事現場だったからこそ、映画に集中できたと思います。ジェシカとは、すでにもう一作を一緒に作りました。これからも一緒に仕事をしていきたいです。

----監督の『ニューオーダー』を拝見させていただいた時に、ラストに衝撃を受けて、その後も数日頭から離れませんでした。本作は一転して感動的なエンディングでしたが、同じようにこの映画のことがしばらく頭から離れませんでした。監督から見て、このように人の記憶に残る映画を生み出せている秘訣はどこにあるとお考えでしょうか。

『ニューオーダー』のエンディングについては、他の人からも同じように言われたことがあります。やはり映画の最後が強いと、記憶に残り、ずっと覚えてるということがあると思います。ですが、エンディングまでにその前の部分を積み上げていかなければいけない。積み上げた過程がつまらないと、家で見ている場合はチャンネル変えたり、映画館で見ている場合はその席を立ってしまったりするので、そうさせないようにしなければいけないのです。私がいつも言ってるのは、素晴らしい始まり方をして、もうものすごくいいエンディングで終わるということ。しかし、その間も素晴らしいものではなくてはいけない。作品を作るのはとても大変なのです。

----最後に監督にとって、特に思い入れのある作品や、創作活動に影響を与えた映画があれば教えてください。

私は、毎年あるいは1年おきに映画を作っているので、それぞれの映画は何から影響を受けたのかはだんだん考えなくなってきていますが、この映画に関しては、ジョン・カサベテス監督の『ミニー&モスコウィッツ』ですね。彼の独特でユニークな演出法に非常に影響を受けました。

----ミシェル・フランコ監督、ありがとうございました。

(インタビュー・文/トキエス)

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『あの歌を憶えている』
2月21日(金)より新宿ピカデリー、Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下ほか全国公開

監督・脚本:ミシェル・フランコ
出演:ジェシカ・チャステイン、ピーター・サースガード、メリット・ウェヴァー、ブルック・ティンバー、エルシー・フィッシャー、ジェシカ・ハーパーほか
配給:セテラ・インターナショナル

原題:MEMORY
2023/アメリカ・メキシコ/103分
公式サイト:https://www.memory-movie-jp.com
予告編:https://youtu.be/1KoFJuqzlT4

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ミシェル・フランコ

1979年メキシコシティ生まれ。2012年『父の秘密』でカンヌ国際映画祭「ある視点」部門でグランプリを獲得後、2015年には『或る終焉』で同映画祭のコンペティション部門の最優秀脚本賞を受賞、さらに2017年『母という名の女』では「ある視点」部門で審査員賞を受賞したほか、数多くの映画賞を獲得。そして2020年『ニューオーダー』でヴェネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞。ほとんどの作品で監督・脚本・製作を務めるなど、その強烈な作家精神で常にメキシコ映画界をけん引し世界の注目を集めてきた。2015年のベルリン国際映画祭パノラマ部門で最優秀新人監督作品賞を受賞したガブリエル・リプスタイン監督の『600マイルズ』、同年ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞したロレンソ・ビガス監督の『彼方から』などの製作も手掛けている。

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