第16回 この世は無常であるからこそ生まれた、 ジブリ発・刹那で純粋な大人の愛 〜『風立ちぬ』
宮崎駿監督の5年ぶりの新作『風立ちぬ』全国公開中!
この映画のワンシーンが忘れられません。結核を患う病床のヒロイン・菜穂子と枕元で手をつなぐ主人公・堀越二郎。二郎は手をつなぎつつ、飛行機の設計図を書いています。二郎はタバコが吸いたいから、席を外していいかと菜穂子に尋ねます。いいの、ここで吸ってくださいと菜穂子が言う。うん、と言って部屋の中でタバコを吸う二郎・・・。
思春期の少年少女が観たら混乱するかもしれないシーンです。なにしろ、肺を患っている人と手をつなぎながら、タバコの煙を吐くわけですから。なんとも、理不尽な・・・。西洋人が観ても首を傾げるシーンでしょう。
私は戦争の体験はありません。でも、死と隣り合わせて生きる人々にとって、一般の人たちが言うエチケットやマナーなどでは、おさまりきらない透明な死生観を、私はここにかいま見ることができた気がします。
日本人が仏教と接してから、「この世の無常」はすっかり日本人に染み付いているような気がします。すっかり日本人の心にフィットしているのです。
すべては移ろい行くものです。永遠の真実なんてものはこの世の中に存在しない・・・。
明日はないかもしれない命と命がぶつかり合うと、人は常識などとはかけ離れた深い結びつきを発見するのではないでしょうか。無常であるこの世で、無常であるからこそ、奇跡的に巡り会えた刹那で純粋な愛。
二郎にしても、飛行機を作ることを素朴に夢見た少年だったはずなのに、菜穂子と過ごす最後の日々には、零戦を作ることに命を燃やしてしまう。
人間は白か黒かの決着をつけることを好みます。でも、人は、白か黒かのいずれかに結果を出すことはできません。善と悪、美と醜、誇りと恥辱など、すべての結果を合わせ飲んでの人生です。戦争反対だから、零戦を作らないのが、正しい回答です。でも、戦時下で、すべてのことをわかった上で、そうせざるを得ない、暗くてほろ苦い人生もあったはずです。この映画は、美しい映像の底流に、そんな諦めの色調が流れています。
ジブリの映画の中では、当然、異色でしょうが、さまざまな批判を承知の上で、ありのままの思いを描ききったあの監督はやっぱりすごいと思います。
『風立ちぬ』
監督:宮崎駿
声の出演:庵野秀明、瀧本美織 他
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