連載
二階堂武尊のB★CINEMA ブッダものけぞる映画笑論

第8回 希望はいつもあなたの心に潜んでいる。 『ライフ・オブ・パイ』であなたが迫られる選択。

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仏教では、「ありがたい」という言葉を「有り難い」ととらえたりします。「有り難い」、つまり「有ることがきわめて困難である」という意味から、「めったにない」「奇跡に近い」などと考えられたりします。あなたという人間がこの世に生まれてくるのも、とてもとてもラッキーなことなのです。あなたがいま、大切に思っている人と出会ったことも、すなわち、「キセキ的」な確率で起きた出来事です。ですから、出会いとかあなたの運命もまた、さまざまな偶然が重なり合った「キセキ」です。非常に「ありがたい」ことなのです。

さて、最新の3Dビジュアル・システムが美しい、この映画の主人公であるインド人のパイも、乗っていた船が遭難して、そこからキセキ的に生還した運命の男であります。
なにしろ彼は、ひょんなことから、救命ボートに虎と一緒に漂流していたのですから。彼は虎におびえ、虎を手なずけ、そして虎と友だちになって、この世に戻ったたぐいまれな運命の持ち主なのです。

てなことを言うと、虎と漂流しながらも、苦難を乗り越えて生き延びた男の感動ストーリーのように聞こえますが、実は、違うんですよ、この映画。
主人公は、生還した後、保険会社の調査員に、漂流の一部始終について語りました。そこには驚くべきどんでん返しが・・・。

と言っても、その真相は映画の中で明らかにされません。これ以上言うと、ネタバレになるので我慢しますが、この映画のオチは2つ用意されているのです。虎との漂流は実はひとつの希望に満ちた寓話であり、現実はどうやら過酷なサバイバルな漂流であったと暗示されます。キセキの寓話が本当なのか、サバイバルな現実が本当なのか、観る者はこの作品の中で、どちらを選ぶかを突きつけられ、勇気と絶望を同時に味わう羽目になります。ここがこの物語のポイント。ファンタジーと現実。あなたはどっちのストーリーを選択しますか?

でも・・・。私はこの漂流が、実際は虎と航海したなんてロマンチックなストーリーではなかったかとしても、私はファンタジーを選びますね。なぜなら、人生とは、よくもわるくも「有り難い」ことであり、いずれにしもキセキ的なのです。どんなに現実は過酷なものだとしても、人はファンタジーに生きたいものです。いいえ、あなたはすでに「有り難い」ファンタジーを生きているのです。シニカルでありながら、人生の本質を問われる魅力的な作品です。

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二階堂武尊(にかいどう・たける)

1964年生まれ。大手出版社勤務の後、独立。近著に『29歳からはじめる ロックンロール般若心経』(フォレスト出版)、『ぎゅーたん!「十牛図」で学ぶプチ悟りの旅』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。リストラ、転職や借金、それらにともなうメンタルな病理などに、長いサラリーマン体験を生かしたユニークな対処法を提案。高校生から中高年まで幅広いファンの支持を得る。一見、ふざけているのかと思われる作品群の奥に、仏教的な癒しや悟りの感覚を漂わす。ブルースとジャズを愛する陽気なオッサン。無類の犬好きでもある。
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