「どん底目線」が生んだ弱者への共感

良寛は生涯清貧を貫いたが、決して超俗の人というわけではないと龍宝寺住職の中野東禅(なかの・とうぜん)氏は指摘する。その詩や和歌には、常に人間や自然への温かいまなざしが溢れている。子どもたちと無邪気に遊んだり、気のおけない友人たちと酒を酌み交わしたり、質素な暮らしの中でこそ見えてくる自然の美しさに感動したり──。帰郷してからの良寛の作品や逸話を読んでいくと、人や自然と心を通わせる人間らしい良寛の姿が見えてくる。そこで今回は、人や自然との接し方から良寛の心の中を探ってみよう。

* * *

前回お話ししたように、良寛は社会に対する「批判眼」とともに、すべての人を慈悲深く見つめる「許しの眼」を持っていました。それを示すものとして、こんな逸話が伝わっています。
良寛が暮らす五合庵は、里から歩くと30分以上かかる深い山の中にありましたが、ときには泥棒に入られることもあったようで、ある寒い冬の夜、泥棒がやってきます。とはいっても、その日暮らしの草庵には蓄えもなければ、金目になりそうなものは何もありません。泥棒はしかたなく良寛が寝ているせんべい布団を盗もうとします。布団に横たわっていた良寛は泥棒の様子に気づくと、それを咎(とが)めるでもなく、眠ったふりをしながら寝返りを打ち、布団から転がり出て布団を取りやすくしてあげたそうです。
ぬすびとに取り残されし窓の月
(あの泥棒も、この月の美しさは盗むことができなかったなあ)
これはそのときに詠まれた句です。布団を持っていかれて眠ることができなくなった良寛は、腹を立てるでもなく、ただ月を眺めながら、しみじみと詠んでいます。この句には、優しさや風流心とともに、何が起こっても平常心でいられる良寛ならではの不思議な心のありさまが表現されているように感じられます。
禅版(ぜんぱん)布団を持ち去る、賊は草堂を打(おそ)う、誰かあえて禁ぜん。終宵孤坐(しゅうしょうこざ)す、幽窓(ゆうそう)の下(もと)、疎雨蕭々(そうしょうしょう)たり苦竹林(くちくりん)。
(泥棒が来て、禅版と布団を持って行ってしまいました。こんな気の毒な泥棒の盗みを、誰が妨げることができるでしょうか。その夜、一人で坐禅をしました。古びた窓の外の竹林には細かい雨が降っていました)
これも同じ出来事を詠んだ詩ですが、先ほどの句では月が出ていたのに、ここでは雨が降っていたと書かれています。泥棒に入られた当日ではなく、別の日に詠まれたものなのでしょう。「禅版」とは、坐禅中に疲れたときに畳に立てて顎をのせる板のことです。そんなものや布団などでさえも盗まずにはいられなかった泥棒に、良寛は憐れみを示しています。
憎むべき相手に対して許しの眼をもって接したエピソードとしては、ほかにこんなものも伝わっています。
田植えの時期、良寛はある知人の家に泊まっていました。そこに心を病んだ智海(ちかい)という僧が、田植えを終えて、酔っぱらって泥だらけの姿で現れます。智海はいつも、自分を古(いにしえ)の高僧になぞらえて「民衆を救えるのは自分だけだ」などと空言ばかりを言っていたため、村人たちからは疎まれていました。誰からも愛され、尊敬を集めている良寛のことを、智海は妬(ねた)んでいたのでしょう。突然、自分の帯をほどいて良寛を打とうとします。このときも良寛は抵抗せずに、打たれるまま黙っていました。それを見た知人は驚き、すぐに智海を追い出しますが、夕方になって雨が降り出したのを知った良寛は、一言こうつぶやいたといいます。
前(さき)の僧(そう)は雨具を持ちしや
(あの僧は雨具を持っているのでしょうか)
相手に憎しみを抱いても当然の場面なのに、良寛は「雨に濡れては辛いのではないでしょうか、大丈夫でしょうか」と智海のことを心配しているのです。
また、こんな逸話も残っています。ある年の正月、良寛は子連れの女乞食に出会いました。食べるものがなくて困っている様子に同情し、自分の友人のところを訪ねるようにと言って、女にこんな手紙を持たせました。
これはあたりの人に候。夫は他国へ穴ほりに行(いき)しが、いかが致候やら、去冬(きょとう)は帰らず、子どもを多くもち候得(そうらえ)ども、まだ十よりしたなり。この春は村々を乞食して、その日を送り候。何ぞあたえて渡世の助(たすけ)にもいたさせんとおもえども、貧窮の僧なればいたしかたもなし。なになりと少々この者に御あたえくださるべく候。
(この女性はこのあたりに暮らす人のようですが、夫は出稼ぎにいって帰らず、小さな子どもを多く抱えて困っています。ずっと乞食をしながらその日暮らしをしていたようです。何とかしてあげたいのですが、貧しい僧の自分にはなにもしてやることができません。なにか少しこの人に与えてやってください)
この手紙を受け取った友人は、女に餅を与えたそうです。
良寛は誰に対しても優しかったといわれますが、こうした逸話や詩をみると、弱い立場の人たちに対して、特に憐れみや許しの感情をもって接していたことがわかります。泥棒、心を病んだ僧、子連れの女乞食……いずれも社会的弱者たちです。なぜ、良寛はことさらに弱者に慈悲の念を抱いたのでしょうか。それは、自分も彼らと同じ地平に立っているという意識があったからだと思われます。良寛は一応は僧の格好はしていても、実態はどん底暮らしです。社会の底辺に身を置き、どうしようもない人間存在の根源を「どん底目線」で見据えていたからこそ、弱者に共感できたのです。弱者への共感は、僧として仏の慈悲を学んだから身に付いたというわけではなく、5年間の諸国行脚中の体験によって育まれたものだと考えてよいでしょう。
■『NHK100分de名著 良寛詩歌集』より

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