精密な器官「眼」はどうやってつくられたのか

ダーウィンが『種の起源』で示した理論は非常に明快であるが、ダーウィンの時代に知られていたことでは説明がつかないことや、つじつまのあわない事実があることに気づかされる。
ダーウィンが想定した異論や反論とは、「進化の途上にある中間的な種やその化石が見つからないのはなぜか」「眼のような精密な構造を持つ器官は、本当に進化によって生まれるのか」「海で隔てられた遠く離れた場所に同じ種が分布しているのはなぜか」といったものである。こうした、当時の進化論にとっての「不都合な真実」を挙げて、自らひとつずつ丹念に検証しているのが、『種の起源』第六章「学説の難題」以降の部分にあたる。
ここでは、二つ目の「眼」についての考察を、進化生物学者・総合研究大学院大学教授の長谷川眞理子(はせがわ・まりこ)氏が解説する。

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完成度の高い器官の一つとして、彼が挙げているのが「眼」です。私たちの眼は驚くほど複雑な構造を持っています。異なる距離に焦点を合わせて、さまざまな光量に対応するだけでなく、球面収差や色収差を補正するための仕掛けも備えています。こうした精密機械のような構造を知ると、自然淘汰の作用で生まれたものと考えるよりは、「神が目的を持ってデザインした」と考えるほうがしっくりくるではないか、という反論がありえます。しかし、ダーウィンは、人知を超えたとも思えるほど複雑な機能を持つ眼についても、進化の理論で説明がつくはずだと考えました。
進化論に基づいて、完成された眼が誕生するプロセスを説明してみましょう。まずは、明暗の認識しかできない単純な「眼のようなもの」を持った生き物が、変異として現れたとします。それが生存のために有利だった場合のみ、眼のようなものは次世代に引き継がれていくことになります。その後も、機能が高まれば高まるほど有利ということになると、眼のようなものは少しずつ変化を遂げていき、何百万年、何千万年という時間のなかで、やがてはレンズの役目を果たす水晶体が生まれ、さらにピントや露出機能が加わり、完成された眼が誕生します。
ここまでは、自然淘汰による進化のプロセスと同じですが、眼が進化の過程でつくられたと仮定した場合は、最初の変異で生まれた「眼のようなもの」が、生存に有利だったのかを証明する必要がでてきます。多くの人は完成された眼の存在をすでに知っているため「中途半端な眼なんて持っていても意味がない」と考えがちです。しかし、「光を感知するだけの単純な眼であっても、その個体にとってはないよりはましだった」ということがわかれば、進化のレールに乗せて考えることが可能になるでしょう。
そこでダーウィンが注目したのが、体節動物(数多くの体節からなる環形動物や節足動物)や甲殻類です。体節動物のなかには、色素に覆われているだけの単純な視神経を持つものがいます。一方で、カニやエビなど甲殻類のなかには、人間と同じ構造ではなく、しかし、光を屈折させるレンズを備えた高度な眼を持つものがいます。
基本構造も完成度も異なるいろいろな眼を持つ生物が現存しているということは、たとえ中途半端に見える器官であっても、それがない状態と比べれば、その個体にとっては生存の役に立っていることになる。と同時に、それは次世代に受け継がれ、徐々に高度なものに変化していく可能性があることを意味します。
ちなみに、眼の構造がどのようにつくられたかについてダーウィンは非常に頭を悩ませたようで、書き送った手紙に「いろいろな動物の眼を見るたびに、気分が悪くなった」と記しています。
■『NHK100分de名著 ダーウィン 種の起源』より

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