「怒るべきものを怒れ」──歌に表出する「怒り」のエネルギー

『NHK短歌』の連載「心の動きをうたう」では、「塔」選者の栗木京子さんが、心のゆれ詠まれた短歌を紹介しています。8月号のテーマは、心の動きの中でも、特にエネルギーを使う「怒り」です。

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「怒る」をテーマにした文章を書くにあたって、「私は最近いつ怒ったかな」と考えてみました。けれども、すぐに思い浮かばないのです。苛々(いらいら)したり、気分が沈んだり、勝手にひねくれたりしたことはたびたびあったのですが、「怒る」というほど心が波立った記憶がありません。べつに私がいつも笑顔の善人というわけではないのですが。
おそらく、怒るにはかなりのエネルギーが必要なのでしょう。怒らなくなった私は人間が丸くなったというよりも、体力も精神力も弱くなっているに違いありません。
怒るべきものを怒れといにしえの金剛力士像ひとつ立つ

窪田章一郎『雪解の土』


秋の夜を大女(おおおんな)となり怒りおり重たき足に月光を踏み

梅内美華子『若月祭(みかづきさい)』


こうしたスケールの大きな歌を読むと、怒るには元気がいるなあ、とあらためて実感します。窪田作品の「怒るべきものを怒れ」は、まさに怒りの覚悟とも言えましょう。八つ当たり気味に怒り散らすのでなく、ここぞというときだけ激しく怒れ、という気迫に息を吞みます。金剛力士像の憤怒の形相が神々しく見えてきます。梅内作品の「大女」には説話の世界を思わせる大らかさがあります。重い足はズシンズシンと大地を踏みしめ、山や川を踏み越えてゆきそう。巨大な怒りをかかえる女性を、秋の月光がやさしく包み込んでいます。
動物園に行くたび思い深まれる鶴は怒りているにあらずや

伊藤一彦『月語抄』


雄々しい怒りの一方で、この歌に詠まれている鋭い怒りにも心を惹かれます。檻に閉じ込められたライオンやゴリラが怒っている、というならわかりやすいのですが、作者は「鶴は怒りているにあらずや」と問い掛けています。ほっそりと静かに立ち、ときおり翼をはばたかせる鶴。怒りとは対極にあるように見えますが、だからこそ伊藤は鶴の中にひとすじの厳しい怒りを感じ取ったのでしょう。何度も動物園に行ったのちようやく鶴の怒りに気付いたのです。それは、あるいは自己の内面に眠る怒りに気付くことであったのかもしれません。思索的な深みを湛えた怒りの歌です。
■『NHK短歌』2015年8月号より

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