日本一の進学校・開成高校野球部の必勝法は「ドサクサに紛れて勝つ!」

「弱くても勝てます」: 開成高校野球部のセオリー
『「弱くても勝てます」: 開成高校野球部のセオリー』
高橋 秀実
新潮社
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 2アウト、ランナー2、3塁――この大チャンスに、続くバッターが空振り三振をしてしまえば、当然ベンチやスタンドからは「あぁ~」とため息が漏れることでしょう。

 しかし、そんな場面でも「ナイス空振り!」とバッターを褒めるチームがあります。

 それは、東京都の開成高校野球部。東大合格者数日本一を誇る進学校であるため、相手チームは空振り三振を褒める様子に「戦略?」「何かのサイン?」と一瞬戸惑ってしまうそうです。

 しかし、これは相手を戸惑わすためでも何でもありません。開成が打撃で大切にしていることは「球に合わせないこと」。意外ですが、このスタンスで平成17年度の夏の東東京予選ではベスト16、24年度にはベスト32に進出しています。しかも、そのほとんどの試合が大量得点の末のコールド勝ちというから驚きです。

 「一般的な野球のセオリーは、拮抗する高いレベルのチーム同士が対戦する際に通用するものなんです。同じことをしていたらウチは絶対に勝てない」と語るのは青木秀憲監督。3年前から同部を取材しているノンフィクション作家の髙橋秀実氏は、著書『「弱くても勝てます」開成高校野球部のセオリー』で、その独自のセオリーを取材しています。

 開成野球にはサインはなく、バッターはとにかく空振りでもいいから思い切り振ることが求められます。「打つのは球じゃない。物体なんだよ」と言う青木監督はバッティングを物理現象と考えます。バットの芯が楕円軌道を描き、その直線上に物体(球)を正面衝突させてはじめてヒットが生まれます。そもそも打率は3割打てば強打者と言われるほど確率が低い世界。ある意味、当たるか当たらないかそのどちらかしかないため、このような指示を出すのだとか。

 さらに、攻撃型野球の秘密は打順にもあります。通常、強打者は3~5番に並びますが、打順を「線」でなく「輪」として考えるため強打者は1、2番に置くのが開成野球のポリシー。

 これらは全て「10点は取られる」という前提で「一気に15点取る」ために考えられた戦法。一度打線に勢いが出ればそのイニングで大量得点して相手の動揺を誘ってドサクサに紛れて勝つという、この「ドサクサ打線」こそが開成独自のセオリーなのです。

 一見型破りな戦略に思えますが、髙橋氏は「もしかするとこれは野球の原型かもしれない」と言います。髙橋氏によると、野球がアメリカから伝わったのは明治初期。当時日本に野球を広めた人物のひとりに正岡子規がいたそうです。子規の野球解説には、打者は「なるべく強き球を打つを目的とすべし」「廻了(ホームイン)の数の統計を比較し多き方を勝ちとする」と書かれてあったそう。

 「その後、いつの間に確実性や点差を求める野球になってしまったが、もしかするとここにもうひとつの野球の可能性があったのではないだろうか」という髙橋氏の期待通り、開成野球部が高校野球界に新たな旋風を巻き起こす日もそう遠くないのかもしれません。

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