言葉の「言」、言葉の事

「塔」編集委員の大森静佳(おおもり・しずか)さんの講座「今読みたい愛の歌」。1月号の題は「言」です。

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「話す」「しゃべる」「告げる」「答える」「述べる」など、誰かに何かを伝えることを意味する動詞は数多くありますが、なかでも「言う」はもっともシンプルで日常的にもよく使います。「言葉」や「言霊」の「言」はもともとの語源が「事」と同じ。「言」で表されたものがすなわち「事」なのですね。
木には木の言葉のありてこの夜も星美しと言ひあひてゐむ

小野興二郎(おの・こうじろう)『森林木語』



人間には聞き取れないだけで、木には木の、花には花の、鳥には鳥の言葉があるのかもしれません。木々は今夜も「ああ、星が美しいなあ」とささやきあっているのだろう、という想像がやさしくてロマンチックな一首です。人とは違ってその場にじっと立ち尽くす運命の木々。こんなふうに描く作者自身も、きっと星空を仰いでその美しさに打たれているのでしょう。
何を言ふつもりもなけれど見てをればワイシャツの背を風は出入りす

永井陽子(ながい・ようこ) 『てまり唄』



屋外で、相手の少し後ろを歩いている場面でしょうか。何かを言うつもりはないけれどじっとその人の背中を眺めていると、ワイシャツの背の部分が風ではためている。後ろから観察しているときならではの視点で、「つもりもなけれど見てをれば」という繊細に曲がりくねった文体には、これ以上近づきがたい相手との微妙な距離感がにじんでいてせつない歌です。
花崗岩のなりたちなども言ひ終へて薄着のきみのかなしみに触る

西田政史(にしだ・まさし) 『ストロベリー・カレンダー』



二人でどこかを歩いているときに花崗岩(かこうがん)の碑や建築物などを見かけたのでしょうか、ふと花崗岩の話になった。地上に噴出しなかったマグマがゆっくり冷えてできるという花崗岩。単に「言つて」ではなく「言ひ終へて」なので、何となくあまり会話が弾んではいない感じや二人の不器用さなども想像しました。薄着で言葉少なな「きみ」のかなしみに触れるように、しんとした時間が訪れたのでしょう。「花崗岩」「薄着」といった名詞の儚(はかな)いイメージとなめらかな韻律が記憶に残ります。
■『NHK短歌』2022年1月号より

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