父の着物姿で知った着物文化のすばらしさ

江戸小紋は伊勢型紙(いせかたがみ)を使って柄を染める。柄は無限にあり、これは万筋(まんすじ)という極細の縞。この柄を染められる職人は限られ、高度な技を要する。撮影:齋藤幹朗
「着物は女性だけのものではなく、ふだんから着物に親しみ、自分流のこだわりを持っておしゃれに格好よく着こなしている男性もたくさんいますよ」という泉二啓太(もとじ・けいた)さんは、呉服店の二代目として日々着物と向き合っています。

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父が創業した呉服店に勤務するようになって、10年以上たちました。まさか、自分が将来、着物に携わるようになるなんて、考えてもいませんでした。ファッションは大好きだったけれど、着物にまったく興味がなかったので、今でも信じられないくらいです。しかも、着物に目覚めるきっかけとなったのは、奇(く)しくも父の着物姿だったのです。
ロンドンでファッションの勉強をしていた21歳のとき、イタリアのミラノに行き、日本からやって来た父と待ち合わせをしていました。いつも着物を着ている父は、国内外に関係なく、どこに行くのも着物。幼少時代は授業参観にも着物で来るので、「嫌だなぁ」と子ども心にも思っていたものです。人と違うものを着ている父を、友達にからかわれたくなかったからかもしれません。やはり、洋服の中で着物は目立ちます。
さすがに20歳すぎたら、そこまで嫌うことはありませんでしたが、案の定、ミラノの待ち合わせ場所にも、父は着物でやって来ました。ところが、その姿を遠くから眺めていると、何だかものすごく格好いいのです。ちょっと大げさにいうなら、まるでレッドカーペットを歩いているかのよう。そして、着物でミラノの街を闊歩(かっぽ)する父を振り返る人々がいかに多いことか。さらにどの店に入っても歓迎の嵐。ファッションの最先端を行く都市、ミラノでこれほど注目を集めるなんて、「着物って、こんなにすごいものなのか! 何てカッコイイんだろう!」と、初めて思った瞬間でした。


その少し前、ロンドンの大学で、博物館に行って民族衣装を描く授業があったのですが、クラスメイトの多くは数ある世界の民族衣装の中から、日本の着物を選んで描いたのです。自分があまり好きではなかった日本の着物が、こんなにも受け入れられていることに感動し、誇らしささえ感じました。その出来事があったせいか、余計に父の着物姿に感銘を受けたのかもしれません。
それから、少しずつ着物を見つめ直す日々がはじまりました。
仕事ではもちろん、毎日着物を着ていますが、職場までの行き帰りは洋服を着ることが多いですね。洋服も大好きなので、今どんなものが流行っているのかは、いつも気になります。和と洋を着分けていますが、家に帰ってくつろぐときは、たまに浴衣(ゆかた)に着替えます。
すっかり夏の遊び着として定着した浴衣ですが、ふだんは外で浴衣を着る機会がまったくないので、手持ちの浴衣を部屋着として着るようになりました。
だいたいTシャツの上に着て、着付けのときに使うひも(男性用の伊達締め)を帯代わりに巻くだけ。これがなかなか気持ちよくて、リラックスできますよ。寝相が悪いので、寝るときはパジャマに着替えます。
こうした着物の楽しさを、できるだけ早いうちに気づいてほしいと思い、若い世代に向けていろいろと発信しています。その1つが「啓(ひらき)のもと」というワークショップです。啓(ひら)くは「未知のものを明らかにすること」、もと(泉)は「湧き出る泉」をイメージしています。10代から30代の人に向けて着物の産地作家を紹介する小さな勉強会ですが、着物を通して日本文化に触れてもらえたらうれしいですね。着物には全く縁のない若い人たちが、けっこう関心を持って耳を傾けてくれています。
これを企画した背景には、今、着物業界が抱える後継者不足があります。せっかくすばらしい技があっても、それを未来に受け継ぐ人材がいない。このままだと日本が世界に誇る染織文化が途絶えてしまうかもしれません。産地に行くたびに、危機感を覚えるようになりました。日本各地でつくられている着物を知ることで、1人でも多くの若者が着物や染織に興味を持ってくれることを願っています。そのために、自分ができることは何でも挑戦したいですね。
■『NHK趣味どきっ!自分流にはじめよう!日々、キモノ暮らし』より

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