イギリス生まれのシーラさんが教えてくれた着物の自由な楽しみ方

白地に鮮やかなブルーで御簾(みす/すだれ)を、ピンクで梅の模様を染めた大柄小紋。梅柄の帯、半えり、帽子、イヤリング、帯揚げ、帯締めなどの色合わせも完璧。撮影:安彦幸枝
一度使用したものを再び活用することを「リユース」といいます。着物の場合は、たんすの中に長い間眠っていて一度も袖(そで)を通していない新品同様のものもたくさんあります。日本の着物を愛する着物研究家、シーラ・クリフさんは、そんなリユース着物をおしゃれに着こなす達人。私たち日本人が忘れていた、着物の美しさや楽しさを教えてくれます。

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このところ、着物だけじゃなくて、衣類全体から色や柄が消えていますよね。身につけているのは、白、黒、ベージュ、グレー、紺などが主流。日本の民族衣装である着物もそれにならって、若い人でも無地や細かい模様の無地感覚で着られるものを選ぶ傾向にあります。今の日本人は、洋服の世界から着物へと移行する人がほとんどなので、着物を選ぶとき、どうしても洋服の好みに影響されがち。でも、着物にはもともとたくさんの色や柄があって、本当はそれが美しく魅力的なんです。
みなさん、びっくりするかもしれませんが、私の選ぶ着物は、とにかく色が鮮やか。柄も季節の植物や幾何学模様などを中心に、華やかなものが主流です。いつの間にか100枚以上たまってしまいましたが、そのほとんどが骨董市や古着屋、インターネットの通販などで手に入れたもの。価格も数千円クラスが中心です。だから、安心してたくさん買えるんですね。
その中には、着丈や袖の長さなどのサイズが合わないもの、しみがついているものもありますが、気に入った色柄のものは、サイズや汚れはあまり気になりません。着物と出会い、そこから湧(わ)いてくるインスピレーションを大切にして、まずは自分流に着てみることにしています。そして、それを写真に撮って残すのです。
イギリス生まれの私が、なぜ、こんなにも着物に魅せられてしまったのでしょう。それは今から30年以上も前、24歳で初めて日本にやって来たとき、とある真っ赤な1枚と出会ったことがきっかけ。その当時は着物という名前さえ知りませんでした。
「うわー、きれい、これは何?」もともと洋服が好きでファッションに興味があったので、それを見た瞬間に着てみたいと思ったのです。しかも、その赤いものは、実は着物の下に着る長襦袢(ながじゅばん)でした。ここから、着物の世界に引き込まれ、着物との長いつき合いがはじまったのです。
着物のことをもっと知りたくて、英語の教師をしながら日本で暮らすことに決めました。仕事の合間に、着付け学校に通い、たくさんの着物屋さんを巡りました。わからないことを質問するうちに、染めや織りのこと、模様のこと、どこでつくられたものかなど、少しずつ理解できるようになってきたんです。
1980年代の日本(東京)は、今よりもっと着物を着ている人が少なく、着ていたとしても多くが礼装用。着物をコレクションしている外国人もいますが、みんな振(ふ)り袖(そで)や黒留袖(くろとめそで)、訪問着(ほうもんぎ)などのフォーマル中心なんですね。小紋(こもん)や紬(つむぎ)を持っている人なんて、ほとんどいません。私はまったく逆で、楽しい色柄の多いふだん着にこそ興味がありました。


最初は見た目の色柄に惹(ひ)かれましたが、次に触ってみると、そのしなやかな風合いにびっくり。そうなんです、着物の多くは絹でできているのです。素材はシルクで、色柄が素敵な着物。こんなすばらしい衣服は、ほかにはないですよ。それに、洋服は形が完成されているから、1つのコーディネートしかできない。着物は形は同じだけれど、帯や半えり、帯揚(おびあ)げ、帯締(おびじ)めなどの小物使いで、何通りもの組み合わせが可能。それによって、イメージを変えられる。季節感を出したり、物語を表現したり、自分の今の気持ちを伝えることもできるんです。
それは、ふだん着だからこそですね。私もお呼ばれに着る礼装は、招いてくれた相手に失礼にならないように最低限のルールは守っていますが、ふだん着はまったく自由。その日の気分や季節に合わせて、思いきり遊んでいます。
着物を研究するようになったおかげで、大学では英語だけでなく、日本の着物文化の講義もしています。学生も着物に興味を持ってくれるようになり、「着てみたい」といってくれるので、もう着なくなった着物をプレゼントすることも。少しずつでいいので、1人でも多くの人が着物に目を向けてくれたらいいなと思います。
■『NHK趣味どきっ!自分流にはじめよう!日々、キモノ暮らし』より

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