“大物食い”の呉 柏毅五段、芝野虎丸王座に挑むNHK杯
- 左/呉 柏毅五段、右/芝野虎丸王座 撮影:小松士郎
第69回 NHK杯2回戦 第3局は、【黒】呉 柏毅(う・ぼい)五段 と【白】芝野虎丸(しばの・とらまる)王座の対局となった。佐野真さんの観戦記から、序盤の展開をお伝えする。
* * *
今年の5月から7月にかけて芝野虎丸王座は、10連覇を目指す井山裕太本因坊に挑戦した。初戦黒星ののち3連勝し、新本因坊誕生かと思われたのだが、あと一つの白星が遠く3連敗…。19歳時の名人に続くビッグタイトル獲得はならなかった。
しかし敗れたとはいえ、3勝の内容はいずれも井山本因坊の大石を召し捕るという豪快極まりないもの。改めて「虎丸強し」を印象づけた。近いうちにまた井山大三冠に挑むことになるはずで、今から七番勝負での再戦が楽しみだ。
一力遼天元、許家元十段とともに「令和三羽烏(がらす)」と称されるように、今や日本碁界の中核を担うスター棋士。このNHK杯での活躍を望むファンも多いはずであるが、過去5回の出場で、二度のベスト8が最高実績、通算で7勝5敗という数字は、芝野であるがゆえにもの足りないと評したくなってしまう。
そうした周囲の声を封じるためにも、結果を出したい思いがあることだろう。今期こそはの期待を背負い、初戦に臨んだ。
対するは、関西棋院の主力として着実に実績を積み重ねている呉柏毅五段。芝野より4学年上の25歳で、2016年には若手棋戦の囲碁ユース選手権で優勝している。この頃から一般棋戦でも本戦入りの常連となり、NHK杯でも第65回から5期連続出場をかなえ、一流棋士としての地位を築き上げた。
台湾出身の先輩にして本局の解説者である王銘琬九段(ちなみに呉の師匠は王立誠九段)は呉について「大物食いの印象があります」と評し「勝つ時には本当に見事な打ち回しを見せる」と語っている。実際、タイトル保持者級の超一流棋士をたびたび破っており、関西棋院内では今や、村川大介九段や結城聡九段、余正麒八段らを脅かす存在へと成長。過去4回出場のNHK杯では1勝4敗と振るわないが、今期は1回戦で志田達哉八段を下して2回戦に進出してきた。
そして呉と芝野は、呉が関西棋院でプロになる以前に東京で修業していた際、洪清泉四段が主宰する「洪道場」で研さんし合った仲である。芝野から見た呉は「強い先輩」と映っていたことだろう。
プロになってからの対戦成績は芝野の2勝0敗だが、呉の戦闘力は早碁向き。相当な好勝負となることが予想された。
■両者「自信あり」
白10に対し黒11と、この位置にハサミ返した手が珍しい。右下の二間ジマリからの発展を意図しているが、黒AやBと控えていれば普通だった。
ここで白の応手として第一感で浮かぶのはCのツケだろう。もちろんこれが悪いことはありえないのだが「最も常識的であるがゆえに、呉さんは何かの策を用意しているに違いないと考えてしまうのがプロの習性です」と王九段。果たして実戦の芝野も、白12のトビで呉の思惑(?)を外した。
黒13の三々入りから21までは定石だが、この時に黒11と白12の交換を、呉は「黒の利かし」と見ているということだ。一方で「黒11の石が左下の強い白に近づき過ぎていませんか」というのが芝野の主張―白22とハサみ、このあとに下辺で競り合いが起きるなら「十分に戦える」と見ている。
そこで呉は黒23と右上に転身。白24、26には黒27、29のアテツギから31と出る進行を選択した。この黒31では1図の黒1から5で先手を取り、7の大場に先着する方針もあったが、右上黒の厚みが右辺方面に対して薄いというマイナス面がある。
ゆえに実戦の呉は黒31から33として35、37から39とカケてシメツケる道を選んだ。黒45まで後手ではあるが、1図よりも黒の厚みが格段に強化されている。
※終局までの棋譜と観戦記はテキストに掲載いています。
※段位とタイトルは放送当時のものです。
■『NHK囲碁講座』2021年11月号より
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今年の5月から7月にかけて芝野虎丸王座は、10連覇を目指す井山裕太本因坊に挑戦した。初戦黒星ののち3連勝し、新本因坊誕生かと思われたのだが、あと一つの白星が遠く3連敗…。19歳時の名人に続くビッグタイトル獲得はならなかった。
しかし敗れたとはいえ、3勝の内容はいずれも井山本因坊の大石を召し捕るという豪快極まりないもの。改めて「虎丸強し」を印象づけた。近いうちにまた井山大三冠に挑むことになるはずで、今から七番勝負での再戦が楽しみだ。
一力遼天元、許家元十段とともに「令和三羽烏(がらす)」と称されるように、今や日本碁界の中核を担うスター棋士。このNHK杯での活躍を望むファンも多いはずであるが、過去5回の出場で、二度のベスト8が最高実績、通算で7勝5敗という数字は、芝野であるがゆえにもの足りないと評したくなってしまう。
そうした周囲の声を封じるためにも、結果を出したい思いがあることだろう。今期こそはの期待を背負い、初戦に臨んだ。
対するは、関西棋院の主力として着実に実績を積み重ねている呉柏毅五段。芝野より4学年上の25歳で、2016年には若手棋戦の囲碁ユース選手権で優勝している。この頃から一般棋戦でも本戦入りの常連となり、NHK杯でも第65回から5期連続出場をかなえ、一流棋士としての地位を築き上げた。
台湾出身の先輩にして本局の解説者である王銘琬九段(ちなみに呉の師匠は王立誠九段)は呉について「大物食いの印象があります」と評し「勝つ時には本当に見事な打ち回しを見せる」と語っている。実際、タイトル保持者級の超一流棋士をたびたび破っており、関西棋院内では今や、村川大介九段や結城聡九段、余正麒八段らを脅かす存在へと成長。過去4回出場のNHK杯では1勝4敗と振るわないが、今期は1回戦で志田達哉八段を下して2回戦に進出してきた。
そして呉と芝野は、呉が関西棋院でプロになる以前に東京で修業していた際、洪清泉四段が主宰する「洪道場」で研さんし合った仲である。芝野から見た呉は「強い先輩」と映っていたことだろう。
プロになってからの対戦成績は芝野の2勝0敗だが、呉の戦闘力は早碁向き。相当な好勝負となることが予想された。
■両者「自信あり」
白10に対し黒11と、この位置にハサミ返した手が珍しい。右下の二間ジマリからの発展を意図しているが、黒AやBと控えていれば普通だった。
ここで白の応手として第一感で浮かぶのはCのツケだろう。もちろんこれが悪いことはありえないのだが「最も常識的であるがゆえに、呉さんは何かの策を用意しているに違いないと考えてしまうのがプロの習性です」と王九段。果たして実戦の芝野も、白12のトビで呉の思惑(?)を外した。
黒13の三々入りから21までは定石だが、この時に黒11と白12の交換を、呉は「黒の利かし」と見ているということだ。一方で「黒11の石が左下の強い白に近づき過ぎていませんか」というのが芝野の主張―白22とハサみ、このあとに下辺で競り合いが起きるなら「十分に戦える」と見ている。
そこで呉は黒23と右上に転身。白24、26には黒27、29のアテツギから31と出る進行を選択した。この黒31では1図の黒1から5で先手を取り、7の大場に先着する方針もあったが、右上黒の厚みが右辺方面に対して薄いというマイナス面がある。
ゆえに実戦の呉は黒31から33として35、37から39とカケてシメツケる道を選んだ。黒45まで後手ではあるが、1図よりも黒の厚みが格段に強化されている。
※終局までの棋譜と観戦記はテキストに掲載いています。
※段位とタイトルは放送当時のものです。
■『NHK囲碁講座』2021年11月号より
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