疫病、政情不安……危機を打破するために造立された東大寺の大仏

盧舎那仏。奈良時代に創建された後、平安時代末期や戦国時代に罹災して大破。現在の頭部は江戸時代に修復されたもの 撮影:岡田ナツ子
大仏造立を発願したのは、第45代聖武天皇(しょうむてんのう/在位724〜749)です。相次ぐ政治的争いや疫病の流行を鎮めるため、天皇はこの危機的状況を仏教の力を借りて乗り越えようとしました。

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神亀(じんき)5年(728)9月、聖武天皇と光明皇后(こうみょうこうごう)の間に生まれた待望の皇太子・基親王(もといしんのう)が1歳にもならないうちに亡くなってしまいました。悲嘆にくれる天皇は親王の菩提を弔うために、その年の11月には平城京の東の山中に房を構え、僧侶9人を配置。この山房は「金鐘山房(こんしゅさんぼう)」や「金鐘寺(こんしゅじ)」と呼ばれ、9人の僧の中に、後に東大寺初代別当となる良弁(ろうべん/689〜773)がいました。
聖武天皇の悲運はその後も続き、天平元年(729)には政治的な陰謀による「長屋王(ながやおう)の変」が起き、天平9年(737)には天然痘がはやり、政治の中枢にいた藤原四兄弟(光明皇后の兄弟)をはじめ多くの人が亡くなりました。続いて、天平12年には光明皇后の甥(藤原広嗣〈ふじわらのひろつぐ〉)が太宰府(だざいふ)で反乱を起こすなど、政治的にも不安定な状況でした。そこで聖武天皇は平城京を出て、伊賀、伊勢、美濃、近江を次々とまわり、山城国(やましろのくに)の恭仁(くに)(京都府の南西端)に都を移すことに。そして、政情不安を仏の教えによって打破しようと思い、災害や国難などを取り除くことを説く『金光明最勝王経(こんこうみょうさいしょうおうきょう)』を基にした寺院の建立を発願。これが天平13年(741)に、新しい都・恭仁京で出された「国分寺(こくぶんじ)・国分尼寺(こくぶんにじ)建立の詔(みことのり)」です。
大和(奈良)では、金鐘寺が国分寺として金光明寺(こんこうみょうじ)という名称になりましたが、のちそれが東大寺へと発展していきます。
さらに聖武天皇は、新都の恭仁京の造営が思うように進まないため、近江国の紫香楽(しがらき)に離宮を建立。天平15年(743)に、紫香楽の地で「盧舎那大仏造立の詔」が出されました。
盧舎那大仏を選んだのは、天平12年(740)に河内国(かわちのくに/畿内)の知識寺(ちしきじ/寺院はなく、現在は大阪府柏原〈かしわら〉市に知識寺跡が残る)で盧舎那仏を拝したのがきっかけと伝えられています。知識寺の盧舎那仏は、寺名の通り「知識」によってつくられたもの。知識とは寺や仏像をつくるときに、資材、労力などを提供することを意味します。
この知識寺参拝後、金鐘寺で『華厳経(盧舎那仏が教主)』の研究が進められていますが、盧舎那仏をつくるには、技術はもちろん、まずは『華厳経』を知ることが大事と考えたからでしょう。『華厳経』の教えには、「世界に存在するすべてのものは、別々に存在しているように見えるが、実はそれぞれが密接な関係にあり、うまく融合して調和が保たれている」というものがあります。さらに、盧舎那仏は無限大の宇宙を表現するとも説かれています。
聖武天皇の大仏造立の詔には、「仏法の力によって、動物も植物もあらゆるものが心安らかに暮らせるようにしたい。それを実現させるためにも、盧舎那仏をつくりたい。私の持っている財力やお金を使えば簡単なことだが、それでは心がなく、形だけの仏になってしまう。たとえ1本の草やひと握りの土でも参加したい、協力したいという者がいれば、ともに盧舎那仏をつくろう」と記されています。
こうして広く民衆に自発的な協力を求めた、聖武天皇の思いを実現するリーダーとして選ばれたのが僧・行基(ぎょうき/668〜749)です。彼は当時、各地に池や溝を掘ったり、橋を架けたりと社会事業を盛んに行っていて、民衆からのあつい信頼を得ていました。弟子たちを伴って勧進(かんじん/布教活動)に出かけ、大仏造立は着々と進んだのです。
ところが、周辺で山火事が頻繁に起こり、地震も多発。世情もなかなか安定せず、聖武天皇は都を平城京に戻すことにしたため、大仏の工事もいったんストップしてしまいました。天平17年(745)に平城京に遷都されると、現在地で工事を再開。翌年には、大仏の原型となる土の像が完成しました。その後、鋳型(いがた)に銅を流し込む作業が3年がかりで行われましたが、行基はその完成を見ることなく82歳の生涯を閉じました。
盧舎那仏と脇侍の菩薩像、安置する大仏殿などが完成したのは、天平勝宝(てんぴょうしょうほう)3年(751)のことです。翌年には開眼供養会が開催され、1万人もの僧侶が参集したといわれます。
■『NHK趣味どきっ!アイドルと巡る 仏像の世界』より

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