見つめる眼と長い耳 歌に詠まれた兎

「干支のうた」では、「塔」編集長の松村正直(まつむら・まさなお)さんが干支の動物たちを詠んだ短歌を紹介しています。7月号の題は「兎(うさぎ)・卯(う)」です。

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朝々に霜にうたるる水芥子(みづがらし)となりの兎と土屋とが食ふ

土屋文明(つちや・ぶんめい)『山下水』



土屋文明は戦時中の昭和二十(1945)年6月に群馬県吾妻郡原町川戸に疎開し、戦後もしばらくそこで暮らしました。畑を借りて作物を育てたほか、水辺に生える植物も食べる生活だったようです。「川戸雑詠」という題で何度も歌に詠んでいます。
この歌もその一首で、敗戦後の昭和二十年初冬のもの。「水芥子」はクレソンのことです。ステーキの付け合わせやサラダに使うクレソンですね。クレソンはフランス語で、日本語ではオランダガラシやミズガラシと呼びます。自生する水芥子まで食べなくてはならない生活は大変だったでしょうが、歌の雰囲気は暗くはありません。うさぎと同列に自分を扱うところにユーモアがあり、たくましさを感じます。
白きうさぎ雪の山より出でて来て殺されたれば眼(め)を開き居り

齋藤 史(さいとう・ふみ)『うたのゆくへ』



日本に住む野うさぎはふだんは褐色をしていますが、積雪地帯では秋に毛が抜けて白い毛になります。目立たないように保護色になるのですね。ペット用の白毛で赤い目のうさぎとは違います。そんな雪山に住む白いうさぎが猟師に撃たれて店に売られている場面でしょう。全身が白い身体にあって、瞳だけが黒く大きく見開かれています。下句は死んでしまったのでもう眼を閉じることもできないという意味ですが、まるで死の瞬間の恐怖や痛みをそのまま眼の中に留めているかのように感じます。何とも生々しい描写ですね。
落葉色の野うさぎが跳ね林の中かるくしなやかな心が残る

高安国世(たかやす・くによ)『朝から朝』



こちらは、ふだんの茶褐色の野うさぎです。それを「落葉色」と表現することで、その色もまた林の中では保護色になっていることがわかります。作者は長野県の別荘での暮らしを数多く歌に詠んでいますので、これもその一首だと思います。林の中を散策していたところ、カサカサッと音がしてうさぎの跳ねる姿が見えたのです。でも、それは一瞬のことで、すぐに見えなくなってしまったのでしょう。下句の表現がおもしろいですね。また静けさを取り戻した林と作者の心の中に、軽やかに去ったうさぎの印象だけが幻のように残されているのです。
■『NHK 短歌』2020年7月号より

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