『貞観政要」に学ぶチーム力の鍛え方

唐の第二代皇帝太宗・李世民は、有能な臣下と共に理想的な政治を行い、平和な世を築き上げました。『貞観政要』は、当時の元号である「貞観」時代の政治のポイントをまとめた書物であり、そこには、貞観という稀に見る平和な時代を築いたリーダーと、そのフォロワーたちの姿が鮮明に記録されています。リーダーとフォロワーが生み出す「チームの力」について、立命館アジア太平洋大学学長の出口治明(でぐち・はるあき)さんが解説します。

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組織はリーダーとフォロワーで構成されています。リーダーが努力するだけでは強いチームになれません。例えば、上からの指示がないと動けないようなチームは、強いチームとはいえませんね。そこには必ずフォロワーの力、すなわち「フォロワーシップ」が必要です。フォロワーシップは適当な訳語がないため、日本ではあまり広まっていない概念かもしれませんが、目的達成のためにチームメンバーそれぞれが発揮する力のことです。
『貞観政要』には、組織の力を最大化して結果を出すためには、リーダーおよびフォロワーはそれぞれ何をすべきかが、繰り返し説かれています。
まず大前提として、太宗は自身による独裁ではなく、組織で政治を行うことを非常に重視していました。なぜなら、一人の人間のできることには限りがある、自分一人で政治を取り仕切るなんてとても無理だとわかっていたからです。そのことを示す一節を読んでみましょう。太宗は、隋の文帝(ぶんてい)は他人を信用せず、すべて自分で決断していたと臣下たちに話し、こう述べます。
我の考えはそうではない。広い天下のことであるから、種々さまざまな事件に応じて変化して適応すべきである。だから、すべて多くの役人に任せて協議させ、宰相に対策を立てさせ、その結果が穏便であって、そこで奏上して実行すべきである。どうして一日に万もあるような重要な政務を、ただ一人の考えだけで決裁することができようや。その上に、一日に十の事を裁決すれば、そのうちの五条は理に当たらないであろう。当たったものはまことに善いが、当たらないものをどうしようぞ。月日を重ねて幾年にもなると、そのくい違い誤るものは多くなってしまう。それでは滅亡するのは当然である。〔政務は〕広く賢良に任せて、〔天子は〕宮殿の中にじっとしていて〔賢良たちのやることを〕見守ることには及ばない。

(巻第一 政体第二 第五章)



言うまでもなく、皇帝には絶対的な権力があります。しかし太宗は、「皇帝といえども、能力的には決してオールマイティではない」ということをよく理解していました。そして、賢くない自分がすべてに口を出し、権力を発動させれば、部下や人民を惑わす結果になることもわかっていた。「一日に十を裁決すれば五は間違う」と言うのです。農業のことは農民に任せ、商業のことは商人に任せ、軍事のことは軍人に任せる。本当に大事なことだけを自分が決めて、それ以外のことは専門家に任せ、託し、委ねたほうが得策であると考えたのです。
人間はみんな「ちょぼちょぼ」です。「三人寄れば文殊の知恵」ということわざがあるように、一人でやろうとせず、みんなで集まって知恵を出し合ったほうがいい結果が出る。それが太宗の政治に対する基本的な考えでした。
■『NHK100分de名著  呉兢 貞観政要』より

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呉兢『貞観政要』 2020年1月 (NHK100分de名著)
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