棋士の心情が垣間見える感想戦

将棋の感想戦では、駒を動かさずに口頭だけで検討することがあります。観戦記者の後藤元気さんは口頭だけの感想戦を「貴重な機会」だと言います。

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先月号のNHK杯観戦記、高野悟志さん執筆の▲谷川浩司九段-△安用寺孝功六段戦は「口頭の感想戦」というタイトルでした。今月は松本哲平さんの▲渡辺大夢五段-△山崎隆之八段戦の最後の小見出しが「動かない盤面」となっています。
一局を並べ返して感想戦をすると「なんという記憶力のよい人たちなんだろうか」とびっくりされたりしますが、実際は慣れの問題で、繰り返し将棋を指していれば自然にできるようになってきます。正確に記憶しようとするのでなく、流れのなかで「なんとなく」把握できれば大丈夫。細かいミスをしても平気。きっと相手が帳尻を合わせてくれます。
羽生善治NHK杯は、指し手を覚えることを「好きな歌のサビを口ずさめば、自然とその先の歌詞が出てくるのと同じ」と話してました。羽生さんが言うのだから間違いない。
さて本題の「口頭の感想戦」。これは脳内の盤面を使いながら言葉でやりとりするのですから、格段に難易度が上がってきます。もちろん観戦記者もいますし、対局者自身も普通に駒を動かしたほうが分かりやすいはず。それでも盤を挟む二人の呼吸で、たまに口頭だけの感想戦になることがあるのです。
プロは長い年月をかけて戦っていくので、その勝負だけですべてではありません。だから勝った側は、できるだけ相手のペースに合わせて穏便に行きたい。負けた側はしっかりと務めたいと思いつつも、心情的になかなか盤面を戻す気にならない。
多くの場合は気持ちの整理をつけた敗者が「あそこでこうしていれば……」と絞り出し、勝者がそれにひとこと応えて該当局面を作る流れで感想戦が始まります。そのとき、どちらかの言葉が抽象的だったり難解すぎたりすると、盤面が動かないパターンになりやすいようです。
さすがに放送時間内であれば番組スタッフから「視聴者のために駒を動かしてください」と要望が出るでしょう。しかし収録が終了していたら周囲もその場の空気に任せます。
観戦記者はちょっとお気の毒かなという気もします。しかし取材は後日もできますし、今回のように書き手に腕があれば誌面の彩りにすることも可能です。基本的には駒を動かしてもらうほうが助かりますが、棋士の心情やリアリティを感じる意味では貴重な機会なのかもしれません。
■『NHK将棋講座』2019年8月号より

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