「すぐに帰国か入院を」…王立誠九段、危機的状況で挑んだ世界棋王戦決勝
- 撮影:小松士郎
変幻自在、終盤の魔術師…さまざまに魅力を語られる王立誠(おう・りっせい)九段は、棋聖3連覇をはじめとする国内タイトルはもとより、世界戦でも2度の優勝経験があります。今回は大一番の秘話と強さの秘密を語ってくださいました。
* * *
■できれば最後まで打ちたい
よく「逆転力がある」と言われるのですが、若いころは、形勢が苦しいときに、なるべく難しい手を選んで打っていました。それが逆転につながることが多かったのですね。自分では逆転力があるとは思っていません(笑)。
今回は、世界棋王戦の決勝五番勝負の最終局を選びました。相手は劉昌赫九段です。韓国では李昌鎬九段と劉九段の二人が強く、人気も二分していました。攻撃的な棋風で力が強い。この前にも対局したことはありました。当時は、日本の碁が世界でいちばん強かった、そのぎりぎりのところで、周囲は「勝ってもおかしくない」という雰囲気でした。世界一になりたい気持ちはありましたが、相手も強いので「相手のことは考えず、自分の碁を打とう」と思っていました。プレッシャーも特に感じていないつもりだったのですが…。
五番勝負はソウルで打たれ、まず3局打って1勝2敗でした。一度日本に帰国し、その1か月後にまたソウルに向かいました。
4局目に勝って、その翌日は一日休みだったのですが、朝起きたら、めまいがひどくて目が開けられない状態でした。目を開けると部屋が回っている感じで、苦しい。「これは何ですか?」とすぐに担当者に電話をして病院に行きました。当時はよく分かりませんでしたが、病名は突発性難聴です。診てもらった医者には、「すぐ帰国するか、すぐ入院するか。囲碁を打つなんてとんでもない」と言われたのですが、僕としては棄権するわけにはいかないですね(笑)。「死んでも打ちたい」(笑)くらいの気持ちでした。
前兆など全くなく、とにかく急なことでした。たぶん、知らないうちに世界戦の重圧やストレスを体が受けていたのですね。
結局、病院で6時間くらい点滴を打って、ホテルの部屋に戻って少し落ち着きました。
「どうして、こんな大事なときにこんな病気になるのだろう」といったことを考える余裕もありませんでしたね。ただもう状態が苦しくて、「明日はどうなるんだろう。打てるのかな。大丈夫かな」ということだけで、「打たなきゃいけない」という気持ちでした。
翌日、対局当日の朝は、めまいはそんなにはなかったのですが、ぼーっとしている状態で、熱も少しありました。第5局は黒番でしたが、一手目を「ちゃんと打たなくちゃ」と思いました。ちゃんと石を置けるかどうか、というくらいの状態だったのですね。
ですから、もう勝ち負けは全然考えていませんでした。ただ、「できれば最後まで打ちたい」という感じでした。でも、結局はそれがよかったかもしれない。無心になれました。局面図は、予想外の攻撃を受けたところです。ここでどうやってシノぐか。苦心した一手をご紹介します。
※続きはテキストでお楽しみください。
取材/文:高見亮子
■『NHK囲碁講座』2019年8月号より
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■できれば最後まで打ちたい
よく「逆転力がある」と言われるのですが、若いころは、形勢が苦しいときに、なるべく難しい手を選んで打っていました。それが逆転につながることが多かったのですね。自分では逆転力があるとは思っていません(笑)。
今回は、世界棋王戦の決勝五番勝負の最終局を選びました。相手は劉昌赫九段です。韓国では李昌鎬九段と劉九段の二人が強く、人気も二分していました。攻撃的な棋風で力が強い。この前にも対局したことはありました。当時は、日本の碁が世界でいちばん強かった、そのぎりぎりのところで、周囲は「勝ってもおかしくない」という雰囲気でした。世界一になりたい気持ちはありましたが、相手も強いので「相手のことは考えず、自分の碁を打とう」と思っていました。プレッシャーも特に感じていないつもりだったのですが…。
五番勝負はソウルで打たれ、まず3局打って1勝2敗でした。一度日本に帰国し、その1か月後にまたソウルに向かいました。
4局目に勝って、その翌日は一日休みだったのですが、朝起きたら、めまいがひどくて目が開けられない状態でした。目を開けると部屋が回っている感じで、苦しい。「これは何ですか?」とすぐに担当者に電話をして病院に行きました。当時はよく分かりませんでしたが、病名は突発性難聴です。診てもらった医者には、「すぐ帰国するか、すぐ入院するか。囲碁を打つなんてとんでもない」と言われたのですが、僕としては棄権するわけにはいかないですね(笑)。「死んでも打ちたい」(笑)くらいの気持ちでした。
前兆など全くなく、とにかく急なことでした。たぶん、知らないうちに世界戦の重圧やストレスを体が受けていたのですね。
結局、病院で6時間くらい点滴を打って、ホテルの部屋に戻って少し落ち着きました。
「どうして、こんな大事なときにこんな病気になるのだろう」といったことを考える余裕もありませんでしたね。ただもう状態が苦しくて、「明日はどうなるんだろう。打てるのかな。大丈夫かな」ということだけで、「打たなきゃいけない」という気持ちでした。
翌日、対局当日の朝は、めまいはそんなにはなかったのですが、ぼーっとしている状態で、熱も少しありました。第5局は黒番でしたが、一手目を「ちゃんと打たなくちゃ」と思いました。ちゃんと石を置けるかどうか、というくらいの状態だったのですね。
ですから、もう勝ち負けは全然考えていませんでした。ただ、「できれば最後まで打ちたい」という感じでした。でも、結局はそれがよかったかもしれない。無心になれました。局面図は、予想外の攻撃を受けたところです。ここでどうやってシノぐか。苦心した一手をご紹介します。
※続きはテキストでお楽しみください。
取材/文:高見亮子
■『NHK囲碁講座』2019年8月号より
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