季重なりへの挑戦〜芥川龍之介
俳句の中には、季語が二つ以上使われている「季重なり」の作品が多く存在します。効果的に季語を重ねた芥川龍之介(あくたがわ・りゅうのすけ)の句を、NHK「俳句さく咲く!」の選者・講座を務める堀本裕樹(ほりもと・ひろき)さん(「蒼海(そうかい)」主宰)が解説します。
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今回のテーマは「季重なりへの挑戦」ということで、芥川龍之介の季重なりの句を鑑賞しながら、一句のなかでどのように季語をうまく響かせて活用していけばいいかを考えていきたいと思います。
初心者への俳句指導でよく言われるのは、「一句に季語は一つにしましょう」ですね。なぜ、そのような指導がされるかというと、理由の一つに初心者は季語をあまり知らないので、うっかり季語を二つ以上使ってしまうこと、つまり季重なりを知らずにやってしまうからです。この「うっかり季重なり」をやってしまうと、一句のなかで季語が喧嘩し合ったり季節が重複したりしてしまいます。なので、初心者には「一句に季語は一つ」と指導されるのです。しかし、いろいろな俳句を読んでいくにつれて、「あれ? 名の知れた俳人の句には季重なりがけっこうあるぞ」と気づかされるでしょう。この場合の季重なりは、季語が重なっていることを充分承知の上で詠よ んでいることがほとんどです。また承知しているだけでなく、季重なりを活かすべく、表現のテクニックとして季語を重ねているのです。
ですので、「季語を知らない初心者は季重なりをあまり不用意にしないこと」、と一応釘を刺しておきます。けれども、季重なりは絶対禁止ではないことも知っておいてほしいのです。もし季重なりが絶対禁止だとすれば、俳句の表現の幅がずいぶん狭まってしまいますから。
蝶(ちょう)の舌ゼンマイに似る暑さかな
芥川の句のなかでも、季重なりが見事に活かされた名句だと思います。春の季語「蝶」と夏の季語「暑さ」の季重なりですが、メインの季語となるのは「暑さ」です。
なぜ、「暑さ」がメインとなるのでしょうか。「暑さ」は夏の時候の季語なので、一年にその時期しか暑い季節はありません。なので、この句は夏となるのです。
一方、蝶は四季を通していますね。「夏の蝶」「秋の蝶」「冬の蝶」とすべて季語になっています。ですから、この句に出てくる蝶は「夏の蝶」ということになりますね。
「暑さ」に切字 「かな」の詠嘆を置いて、「暑いなあ」とメインの季語を響かせていますが、ではこの句のどこが名句なのでしょうか。それは作者が、「蝶の舌ゼンマイに似る」という思わぬところに暑さを見出しているからです。
まず蝶のストローをくるくる巻いたような口を「蝶の舌」と表現し、それがゼンマイに似ているんだという発見が読み手をはっとさせますね。まるで虫眼鏡で蝶の口をクローズアップして見せられたような感じです。季重なりの成功はもちろん、「似る」という直喩を用いた発見が活かされたことで「暑さ」の名句になったのです。直喩は「似る」の他にも「ごとし」「ような」などがありますが、どれだけ新鮮でいて驚きのあるたとえができるかが重要です。
■『NHK俳句』2019年7月号より
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今回のテーマは「季重なりへの挑戦」ということで、芥川龍之介の季重なりの句を鑑賞しながら、一句のなかでどのように季語をうまく響かせて活用していけばいいかを考えていきたいと思います。
初心者への俳句指導でよく言われるのは、「一句に季語は一つにしましょう」ですね。なぜ、そのような指導がされるかというと、理由の一つに初心者は季語をあまり知らないので、うっかり季語を二つ以上使ってしまうこと、つまり季重なりを知らずにやってしまうからです。この「うっかり季重なり」をやってしまうと、一句のなかで季語が喧嘩し合ったり季節が重複したりしてしまいます。なので、初心者には「一句に季語は一つ」と指導されるのです。しかし、いろいろな俳句を読んでいくにつれて、「あれ? 名の知れた俳人の句には季重なりがけっこうあるぞ」と気づかされるでしょう。この場合の季重なりは、季語が重なっていることを充分承知の上で詠よ んでいることがほとんどです。また承知しているだけでなく、季重なりを活かすべく、表現のテクニックとして季語を重ねているのです。
ですので、「季語を知らない初心者は季重なりをあまり不用意にしないこと」、と一応釘を刺しておきます。けれども、季重なりは絶対禁止ではないことも知っておいてほしいのです。もし季重なりが絶対禁止だとすれば、俳句の表現の幅がずいぶん狭まってしまいますから。
蝶(ちょう)の舌ゼンマイに似る暑さかな
芥川龍之介
芥川の句のなかでも、季重なりが見事に活かされた名句だと思います。春の季語「蝶」と夏の季語「暑さ」の季重なりですが、メインの季語となるのは「暑さ」です。
なぜ、「暑さ」がメインとなるのでしょうか。「暑さ」は夏の時候の季語なので、一年にその時期しか暑い季節はありません。なので、この句は夏となるのです。
一方、蝶は四季を通していますね。「夏の蝶」「秋の蝶」「冬の蝶」とすべて季語になっています。ですから、この句に出てくる蝶は「夏の蝶」ということになりますね。
「暑さ」に切字 「かな」の詠嘆を置いて、「暑いなあ」とメインの季語を響かせていますが、ではこの句のどこが名句なのでしょうか。それは作者が、「蝶の舌ゼンマイに似る」という思わぬところに暑さを見出しているからです。
まず蝶のストローをくるくる巻いたような口を「蝶の舌」と表現し、それがゼンマイに似ているんだという発見が読み手をはっとさせますね。まるで虫眼鏡で蝶の口をクローズアップして見せられたような感じです。季重なりの成功はもちろん、「似る」という直喩を用いた発見が活かされたことで「暑さ」の名句になったのです。直喩は「似る」の他にも「ごとし」「ような」などがありますが、どれだけ新鮮でいて驚きのあるたとえができるかが重要です。
■『NHK俳句』2019年7月号より
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