『風と共に去りぬ』は「萌え」文学の源泉

「『風と共に去りぬ』こそ、漫画など日本の二次元のサブカルチャーに相通ずる世界観を呈する、「萌え」文学の源泉ではないかと考えています」と語る翻訳家の鴻巣友季子(こうのす・ゆきこ)さん。中心人物の一人であるレット・バトラーが本格的に登場する場面を引きながら、その理由について解説します。

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ウィルクス家の書斎でアシュリに告白するも玉砕し、残されたスカーレットは耐えきれなくなり、テーブルにあった陶器を思いきり暖炉めがけて投げつけます。すると、ソファの奥から「そこまでしなくたって」と人の声が。驚愕するスカーレット。
膝が抜けて倒れそうになり、椅子の背をしっかりとつかんだとき、ソファに寝ていたらしいレット・バトラーが立ちあがり、わざとらしいほど丁重なおじぎをして見せた。
 
「あんなやりとりを聞かされて昼寝を邪魔されただけでも迷惑なのに、命の危険にまでさらされるとはあんまりな」
結婚に関わる内緒話を、知らないうちにソファに寝ていた一番聞かれたくない相手に聞かれてしまうという展開は、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』にも出てきます。恋愛小説においては一種典型的な、“あるある”だと言えましょう。
『嵐が丘』ではこのあとシリアスな事態になりますが、『風と共に去りぬ』の方は、レットとの絡みで非常にコミカルな、「萌(も)え」どころ満載の場面が展開していきます。「萌え」とは日本の漫画やアニメを語るときによく使われる言葉ですが、わたしは『風と共に去りぬ』こそ、漫画など日本の二次元のサブカルチャーに相通ずる世界観を呈する、「萌え」文学の源泉ではないかと考えています。
まず、「萌え」とは何かを改めて解説しましょう。これは、胸がキュンとする、ときめく、急に愛しさがこみ上げてくるといった感情を表す概念です。しみじみと長く抱いている愛情のようなものではなく、突発的にキュンとくるような感情。日本の古い文化にたとえて言えば、『枕草子』の中で清少納言が日常の何気ないものに目をとめて「いとをかし」「うつくし」などと言う、あれが「萌え」だと思います。稚児の衣の袖が長すぎて指先だけ出ているのがかわいいなどというのは、袖が長めのパジャマを着ている女の子がかわいいという現代の萌えポイントとまったく一緒です。そして、作り手と受け手がともにそれを「萌えポイント」として認識し、さまざまな作品において作り手がそれを再現し、受け手がそれを確認する、というのが、現代の漫画やアニメの一つの鑑賞作法であり、根強い人気の理由の一つとなっています。
同じように、『風と共に去りぬ』を原文で読んでいると、作者のミッチェルがどうしてもこの場面はこう書きたかった、レットはこういうキャラクターとして描きたかった、といった「再現欲求」がひしひしと伝わってくるのです。
たとえば、さきほどのレット初登場の場面の続き。スカーレットが「そこにいらしたのなら、お知らせいただくべきでした」と必死に体面を保とうとして言うと、レットは「けど、わたしが休んでいるところに入ってきたのはそっちだものなあ」と白い歯を光らせてにやりと笑います。これは、現代のアニメキャラクターで言えば「ドS男子」(S=サディスティック。ヒロインをからかったり、意地悪をしたりして愛情表現をする男性のタイプ)そのものではないでしょうか。
レットはここで、激情家スカーレットの心意気に惚れ込み、彼女を愛し、支えるようになるのですが、この「庇護者としてのドS男」というのも、日本の少女文学には伝統的に欠かせないものです。たとえば、連載四十年を超えるベストセラー漫画『ガラスの仮面』の速水真澄。芸能事務所の若社長として、情熱的な天才演劇少女・北島マヤを、いたぶりつつも陰日向に支える役どころですが、レット・バトラーはその原型と言えるようなキャラクターです。
■『NHK100分de名著 マーガレット・ミッチェル 風と共に去りぬ』より

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マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』 2019年1月 (100分 de 名著)
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NHK出版
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