雪に投影される俳人の感情

「天為」「秀」同人の岸本尚毅(きしもと・なおき)さんの講座「写生って何?」。『NHK俳句』2019年1月号の兼題は「雪」です。

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俳句における「景」と「情」の関係は議論が尽きません。今回のこの講座では、深い感情や人間くさい場面をどのように「写生」するか、先人の作例を通じて学んでいきたいと思います。
雪明り帰らぬ人に閉しけり

前田普羅(まえだ・ふら)


家の扉を開けて外へ出てゆく人。そこは一面の雪。扉を開くと室内に雪明りが射し込んでくる。別れを告げる。雪明りを閉め出すように扉が閉まる。出て行った人は何らかの事情があって、二度とその家に帰って来ることはない。映画の一場面のようです。
刻々と手術は進む深雪(みゆき)かな

中田(なかた)みづほ


「在独逸(ざいどいつ)」と詞書(ことばがき)があります。作者は医学者。渡欧留学し、手術に立ち会ったのです。「刻々と手術は進む」は事実を叙しただけのようですが、「深雪かな」という下五(しもご)とあいまって医師としての身が引き締まるような感情を湛(たた)えた作品となっています。
雪片のつれ立ちてくる深空かな

高野素十(たかの・すじゅう)


この句もドイツ留学中の作。酷寒の青空に雪片が現れる。情景を描いた句ではありますが、「つれ立ちて」と「深空」には感情が籠こもっています。それがどんな感情であるか。喜怒哀楽のような何らかの原因があって生じる感情ではなさそうです。研ぎ澄まされた景を前にしたときの心の高ぶりと言う他なさそうです。
故郷へ道一筋や雪の原

佐藤漾人(さとう・ようじん)


元禄(げんろく)の名句、凡兆(ぼんちょう)の〈ながながと川一筋や雪の原〉を連想します。凡兆の句は純客観風。漾人の句は「故郷へ」によって望郷の情を湛えています。方向を表す助詞の「へ」が効果的です。
■『NHK俳句』2019年1月号より

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