上野裕和五段、自戦記で綴る“まっちゃん”との絆

左/上野裕和五段、右/松尾 歩八段 撮影:河井邦彦
第68回NHK杯戦1回線第6局は上野裕和(うえの・ひろかず)五段と、松尾 歩(まつお・あゆむ)八段の対局となった。同時期に奨励会に在籍し、しのぎを削った浅からぬ縁の2人である。14年ぶりの本戦出場を果たした上野五段の自戦記から、序盤の展開を紹介する。


* * *


■気分は浦島太郎

「えー、まっちゃんかー!」
自戦記の依頼とともに、1回戦の相手を知らされた私は、思わず叫んでしまった。
今期NHK杯は、幸運にも予選を突破し、本戦に出場することができた。以前出場したのはいつだっけ、と思い調べたら、なんと14年ぶりである。
トーナメント表が公表された際にネット上で将棋ファンに出場の報告をしたら、まるでタイトル戦に出場したかのような祝福の嵐だった。やはりNHK杯は注目度がダントツであることを、改めて感じた。


■忘れ得ぬ恩

2図の△6五桂で、対局室の空気が変わった。近年流行している仕掛けのひとつであり、これを指したらもう元には戻れない。駒組みをすっ飛ばして、激しい戦いに突入することになる。…やはりまっちゃんは見逃してくれなかったか。

松尾八段のことをまっちゃんと呼び始めたのは、いつからだろう。
私が奨励会に入会して2年ほどたったころ、研修会から奨励会に編入後、凄(すご)い勢いで勝ちまくり、一気に1級まで昇級して注目を浴びた少年がいた。それがまっちゃんである。
お互いによく記録を取り、将棋会館に頻繁に来るスタイルだったからか、よくVSなどで将棋を指した。一日に10秒将棋を50局指したこともあった。
まっちゃんは、まじめだった。
将棋を指し、記録を熱心に取り、家では一人将棋をよくやっていたと聞いた。
級がかぶっていたのは、お互いに1級のころだった。私より先に初段に昇段したまっちゃんは、その後あっという間に三段になり、そして三段リーグを1期で抜けた。
まっちゃんの公式戦の記録は、一度だけ取ったことがある。最初に松尾先生と呼ぶとき、声が震えた。後輩の対局の記録を取ったのはおそらくこのときだけであり、当時の血気盛んな私にとって、屈辱的だったのである。
その後、私も棋士になり、研究会などの交流は続いたが、私が32歳のときに日本将棋連盟の理事になり、研究会をすべてやめたあとは、ほとんど会う機会もなくなっていた。
しかし、忘れられない夜がある。ある年、私はC級2組順位戦最終局にて優勢な将棋を逆転で負け、フリークラスに落ちてしまった。
誰も私に声をかけられない中、まっちゃんは私の気持ちを察して、朝までつきあってくれた。絶望感に包まれた私が、この数時間でどれだけ救われたのか、まっちゃんは知らないだろう。
棋士同士でこんなことを言うのはおかしいかもしれないが、まっちゃんが勝つと私はうれしいし、ネット上で将棋ファンがまっちゃんを応援する声を見ると、なおうれしい気持ちになる。
※投了までの棋譜と自戦記はテキストに掲載しています。
■『NHK将棋講座』2018年7月号より

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