歌に詠み込まれた「酸」の味

「塔」選者の真中朋久(まなか・ともひさ)さんが、「酸」をテーマにした歌を紹介します。

* * *

まず甘酸っぱい歌から。
木のもとに梅はめば酸しをさな妻ひとにさにづらふ時たちにけり

斎藤茂吉(さいとう・もきち)『赤光』


病院を経営する斎藤紀一(さいとう・きいち)を頼って東京に出てきた少年茂吉は、やがて紀一の次女てる子(こ)と結婚して斎藤家の婿養子になります。この作品は明治四十三年発表の作品。結婚して既に五年ほど経っていますから、いまさら「ひとにさにづらふ」(相手を前にして頰をあかく染める)というのでもないでしょうが、幼い頃から知っている妻を回想するのというのは、やはり甘酸っぱいことだったのでしょう。あるいは甘酸っぱいものを口にすると思い出すということもありそうです。
梅の実は毒なのでそのまま食べてはいけません————と言われていたように思いますが、それは青梅のこと。完熟になれば心配ありません。ただ、小さな子どもには未熟な青い梅も完熟の梅も区別は難しいことです。やはり不用意に口に入れないように気を付けたほうがよいのでしょう。
 
焙(た)き込みしモカ・マタリの酸鼻に抜け珈琲の香を愉しまむとす

春日井 建(かすがい・けん)『朝の水』


モカは酸味のあるコーヒー。そのなかでもアラビア半島南部、イエメン産のものをモカ・マタリというのだとか。コーヒー通には格別のものがあるのでしょう。「焙き込みし」というのは店で焙煎(ばいせん)しているところなのか、あるいは焙煎方法の違いを口に含んで味わっているのか。いずれにしても香りを心から楽しんでいる様子です。
歌集の、この作品の直後には「少しづつ味戻りきて珈琲をよろこぶ病後の舌と思へり」があります。闘病を続けていた頃の作品として、味覚や嗅覚に感じることそのものが喜びであったことがうかがえます。
■『NHK短歌』2018年6月号より

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