飲み物を歌に詠む

人の生活になくてはならない「飲み物」。「かばん」会員の東 直子(ひがし・なおこ)さんが、飲み物を詠んだ短歌を紹介します。

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朝、目を覚ましてすぐに飲む一杯の水。食事の最後に口に含む緑茶。仕事が一段落したときに淹(い)れて飲む紅茶。お風呂上がりにごくごく飲むつめたいコーヒー牛乳。等々(などなど)、日々いろいろな飲み物を口にしています。人によっては、飲み物といえば真っ先にお酒が浮かぶ人もいそうですね。
歯を使って咀嚼(そしゃく)しなくても身体(からだ)に入っていく飲み物。まだ歯の生えていない赤ん坊にとって、液体であるミルクは、なくてはならない食事となります。病を得たり、年齢を重ねることで、固形物が咽喉(のど)を通らず、飲み物しか受け付けない、ということもあるでしょう。赤ちゃんや病人が受け入れられるものとしての根本的なやさしさが、飲み物にはあるように思います。
嗜好品(しこうひん)として、貴重な栄養素として、いろいろな側面で毎日摂取している飲み物、短歌でもいろいろな詠み方ができると思います。
朝ごとの驛にミルクを立ちのみつつわがアンビシアスほのぼのたのし

中城(なかじょう)ふみ子『花の原型』



「アンビシアス」とは、大志を抱いている様子を意味しています。通勤の途中に、忙しくて摂(と)ることのできなかった朝食のかわりとして、駅で牛乳を買って立ったままぐいっと飲み干しているのでしょう。身体に入っていくつめたい牛乳を感じながら、自分の中にみなぎる意欲を感じ、元気に生きている喜びを詠んでいます。
実はこの歌が収められている歌集は、作者が乳がんで亡くなったあとに出版されました。病を率直に詠んだ歌で有名な作者ですが、このような生の喜びを詠んだ歌も、読みごたえがあります。
中央線隣の君はかばんから小さい牛乳パック出し飲む

竹内 亮(たけうち・りょう)『タルト・タタンと炭酸水』



この歌では、電車の中で牛乳を飲んでいます。前述の「ミルク」は立ったまま豪快に飲んでいましたが、こちらはかばんからこそっと取り出し、そっと飲んでいる様です。東京を東西に横切る中央線で、帰宅している途中なのでしょうか。一日がんばった自分への、ささやかなご褒美として飲みきりサイズの牛乳を飲み、身体を癒(いや)しているようです。それをほのぼのと見つめる作中主体のやさしい心境もしずかに伝わります。
■『NHK短歌』2018年5月号より

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