山崎隆之八段VS.稲葉陽八段 関西同士の頂上決戦
- 左/山崎隆之八段、右/稲葉陽八段 撮影:河井邦彦
第67回 NHK杯戦 決勝戦が3月18日に放送された。頂点を決める戦いに挑んだのは、山崎隆之(やまさき・たかゆき)八段と稲葉 陽(いなば・あきら)八段。関西同士の決戦となった。後藤元気さんの観戦記から、序盤の展開を紹介する。
* * *
■ジンクス
「実は羽生さんに勝つことができた棋戦は、これまで全部優勝しているんですよね」
準々決勝の斎藤慎太郎七段戦のあと、食事の席で山崎がこうつぶやいた。具体的には2004年度の第54回NHK杯戦、2009年度の第3回ネット将棋最強戦、2017年度の第38回将棋日本シリーズである。
今回は2回戦で羽生善治竜王に勝ち、決勝まで駒を進めてきた。もっとも山崎はこの言葉を発するとき、少し恥ずかしそうにもしていた。羽生との対戦成績は4勝18敗。その4勝なのだ。
■和服の2人
先に控え室に入ったのは山崎。直後に稲葉がやってきた。きょうは両者とも和服を着て戦うため、いつもより早い到着である。山崎が前回優勝した第54回の決勝戦で観戦記を担当したのは田辺忠幸さんだった。共同通信の名物記者として愛され、2008年に鬼籍に入られた方だ。当時の観戦記を振り返ってみると、こんな記述が見つかった。
『決勝はぜひ羽織、袴(はかま)に威儀を正して対局してもらいたいものだが、山崎は「まだ和服は持っていません」と言う。だがしかし、和服を必要とする日は近い。中原先生は「着流しでいいから、着物になじんでおくほうがいいね」とおっしゃる』。
小言幸兵衛ならぬ忠幸旦那。2人の立派な姿を見れば何も言わずにうなずくに違いない。
甲斐日向三段の振り駒は、山崎の振り歩先で歩が3枚。そうと決まれば相掛かりを目指す▲2六歩が、彼の歩む道である。力のこもった手つきに、副調整室のギャラリーからは「盤を割らないで!」と声が出た。
稲葉はその気合いをそらすように、△3四歩から横歩取りを目指す。山崎自身も「先手番なら▲2六歩△8四歩の相掛かりが3割。▲2六歩△3四歩からの横歩取りの出だしが7割」と思っていたという。
横歩取りへの流れを強引に引き戻すように▲2八飛(1図)として、山崎は稲葉の気配をうかがう。「もしかしたら予想外で手が止まるかもと思ったが、ノータイムで△7六飛。△8四飛なら無難なだけに、自分が知らないところで常識になっているのかと警戒しました」
ところが稲葉は「▲2八飛は意外で、事前には全く考えていませんでした」と局後に明かした。大事な決勝戦で、なんと思い切りのよいことか。
2筋を受けないならば▲2四歩(2図)はこう指したいところ。△7七角成〜△2二歩はへこまされた受けだが、△2二銀は▲2三歩成△同銀▲2四歩〜▲2三角の強襲がある。
▲4八銀〜▲5九金(3図)の駒組みは、堅さを重視した現代風の駒組みだ。山崎は「センスがある感じで自分らしくなく、逆に気恥ずかしかった」というから、実戦の心理は面白い。
※投了までの棋譜と観戦記はテキストに掲載しています。
※肩書はテキスト掲載当時のものです。
■『NHK将棋講座』2018年5月号より
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■ジンクス
「実は羽生さんに勝つことができた棋戦は、これまで全部優勝しているんですよね」
準々決勝の斎藤慎太郎七段戦のあと、食事の席で山崎がこうつぶやいた。具体的には2004年度の第54回NHK杯戦、2009年度の第3回ネット将棋最強戦、2017年度の第38回将棋日本シリーズである。
今回は2回戦で羽生善治竜王に勝ち、決勝まで駒を進めてきた。もっとも山崎はこの言葉を発するとき、少し恥ずかしそうにもしていた。羽生との対戦成績は4勝18敗。その4勝なのだ。
■和服の2人
先に控え室に入ったのは山崎。直後に稲葉がやってきた。きょうは両者とも和服を着て戦うため、いつもより早い到着である。山崎が前回優勝した第54回の決勝戦で観戦記を担当したのは田辺忠幸さんだった。共同通信の名物記者として愛され、2008年に鬼籍に入られた方だ。当時の観戦記を振り返ってみると、こんな記述が見つかった。
『決勝はぜひ羽織、袴(はかま)に威儀を正して対局してもらいたいものだが、山崎は「まだ和服は持っていません」と言う。だがしかし、和服を必要とする日は近い。中原先生は「着流しでいいから、着物になじんでおくほうがいいね」とおっしゃる』。
小言幸兵衛ならぬ忠幸旦那。2人の立派な姿を見れば何も言わずにうなずくに違いない。
甲斐日向三段の振り駒は、山崎の振り歩先で歩が3枚。そうと決まれば相掛かりを目指す▲2六歩が、彼の歩む道である。力のこもった手つきに、副調整室のギャラリーからは「盤を割らないで!」と声が出た。
稲葉はその気合いをそらすように、△3四歩から横歩取りを目指す。山崎自身も「先手番なら▲2六歩△8四歩の相掛かりが3割。▲2六歩△3四歩からの横歩取りの出だしが7割」と思っていたという。
横歩取りへの流れを強引に引き戻すように▲2八飛(1図)として、山崎は稲葉の気配をうかがう。「もしかしたら予想外で手が止まるかもと思ったが、ノータイムで△7六飛。△8四飛なら無難なだけに、自分が知らないところで常識になっているのかと警戒しました」
ところが稲葉は「▲2八飛は意外で、事前には全く考えていませんでした」と局後に明かした。大事な決勝戦で、なんと思い切りのよいことか。
2筋を受けないならば▲2四歩(2図)はこう指したいところ。△7七角成〜△2二歩はへこまされた受けだが、△2二銀は▲2三歩成△同銀▲2四歩〜▲2三角の強襲がある。
▲4八銀〜▲5九金(3図)の駒組みは、堅さを重視した現代風の駒組みだ。山崎は「センスがある感じで自分らしくなく、逆に気恥ずかしかった」というから、実戦の心理は面白い。
※投了までの棋譜と観戦記はテキストに掲載しています。
※肩書はテキスト掲載当時のものです。
■『NHK将棋講座』2018年5月号より
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