疲れたときこそ「ネガティブな言葉」が沁みる 絶望に寄り添う偉人・文豪の名言

- 『NHKラジオ深夜便 絶望名言 文庫版』
- 頭木弘樹,NHK〈ラジオ深夜便〉制作班,根田知世己,川野一宇
- 飛鳥新社
- 950円(税込)

- >> Amazon.co.jp
- >> HMV&BOOKS
"名言"とは、人々に重要な気づきを与える優れた言葉。前向きで希望に満ちた名言に心を救われたという人は多いだろう。しかし、すべての名言が希望に満ちたものとは限らない。なかには、人生における受け入れがたい現実に直面し、絶望した者だからこそ生み出すことができた名言もある。そして時には、絶望に満ちた名言のほうが心にしみることもある。
今回紹介する『NHKラジオ深夜便 絶望名言 文庫版』(飛鳥新社)は、文豪や偉人が綴った"絶望名言"をまとめた1冊だ。本書はラジオ番組「ラジオ深夜便」(NHK)の人気コーナー「絶望名言」を文庫化したもの。ここでは、取り上げられている絶望名言の一部を見ていこう。
まずは日本を代表する文豪・太宰 治の名言から。太宰といえば、好き嫌いが分かれる作家として知られている。好きな人は大好きだし、嫌いな人はとことん合わない。文学紹介者の頭木弘樹氏は、聞き手の川野一宇氏に、太宰の好き嫌いが分かれる理由を表している言葉として、次の文章を紹介している。
「生きている事。生きている事。
ああ、それは、何というやりきれない
息もたえだえの大事業であろうか。
(中略)
僕は、僕という草は、この世の空気と陽の中に、
生きにくいんです。生きて行くのに、
どこか一つ欠けているんです。
足りないんです。
いままで、生きて来たのも、
これでも、精一ぱいだったのです」(本書より)
太宰の代表作の一つ『斜陽』に登場する、生きづらさに満ちあふれた文章だ。"生きづらい"と感じたことがある人は多いだろう。特に思春期は、まだ社会にしっかりと溶け込めておらず、未知の部分が多い世の中で生きていけるのか不安になることもある。そしてその不安や生きづらさは、自身に問題があるのではないかと考えてしまう。頭木氏は次のように語る。
「好きな人は、『本当に気持ちをわかってもらえる』『同じ気持ちだ』というふうになるんだと思うんですけど、一方、嫌いな人とか読まなくなった人は、そういう太宰を、『ナルシスト』だとか、『甘ったれ』だとか、『駄目な自分に酔っている』とか、そんなふうな言い方をして、けなしたりするわけです」(本書より)
太宰のネガティブな名言は、受け入れがたい現実に直面し、心がポキリと折れたときに触れると、救われた気持ちになるのだろう。
日本を代表する文豪といえば、芥川龍之介も忘れてはいけない。芥川が著した短編小説『仙人』のなかには、次のような文章が出てくる。
「どうせ生きているからには、
苦しいのは
当たり前だと思え」(本書より)
この文章には、芥川自身の苦労の多い人生が影響していると考えられる。芥川の母親は、彼を産んだ8カ月後に精神病院へ入院し、芥川が10歳のときに亡くなった。その後、12歳になった芥川は伯父の養子となる。「生きているのは苦しい」ということを、芥川は身をもって実感していたのだ。絶望に満ちた言葉だが、「生きている以上苦しいのは当たり前」「自分だけが苦しんでいるわけではない」と思うと、心が楽になることもあるだろう。
頭木氏は、世の中で普通に語られることは成功体験が多いと語っている。他人の成功体験や苦労を乗り越えた話は人に勇気を与えるが、人によっては逆に苦痛に感じてしまうこともある。しかし文学は、苦悩と絶望に向き合ってくれる。太宰や芥川の作品が長年読み継がれているのは、彼らの綴る普遍的な絶望に共感し、癒やされる人間が存在し続けているからかもしれない。
最後に紹介するのは、世界的に有名なイギリスの戯曲家・詩人・劇作家シェークスピア。彼は『マクベス』や『ハムレット』など、数々の作品を生み出している。ここでは『ハムレット』に登場する絶望名言を見てみよう。
「不幸は、ひとりではやってこない。
群れをなしてやってくる」(本書より)
日本にも「弱り目に祟り目」「泣きっ面に蜂」といった似た言葉があるが、確かに不幸は連続して起こりがちだ。嫌な言葉だが、逆にそういうものだと思って警戒心を持っていれば、続く不幸を回避できる可能性が上がるかもしれない。頭木氏は、シェークスピアのこの名言は"心構え"に役立つと考えているようだ。
またシェークスピアは『リア王』で次のような言葉を登場させた。
「『どん底まで落ちた』
と言えるうちは、
まだ本当にどん底ではない」(本書より)
こうして見ると、シェークスピアは絶望の先にあるさらなる絶望を想像させるのが上手いようだ。本当の悲劇はこのようなものじゃないとほのめかすシェークスピアの言葉は恐ろしいが、一方で「まだ最悪じゃない」という前向きな捉え方もできる。
「まだ底があるぞと、このお芝居が本当の悲劇のどん底ではなく、もっと悲しいことは世間にあるんだとシェークスピア自身が言ってるわけで、それはある種、すばらしいことだと思います」(本書より)
苦悩と絶望に満ちた言葉の数々は、今まさに絶望を抱えている人の心に寄り添い、生きるヒントを与えてくれるはず。名言で気づきを得たいけれど、前向きな言葉は眩しすぎると感じる人は、ぜひ本書を手に取ってみてほしい。
