引き続き、斉藤守彦さんに聞く「映画ジャーナリストの仕事」をお届けします。後編では、映画ジャーナリストの仕事の実際を探っていきます。というわけで、まずは話題の著書『映画宣伝ミラクルワールド』の執筆の裏話から!
『映画宣伝ミラクルワールド』裏話
「面白い本を書く方法は2つ。文法的に面白く書くのか、面白い人たちのことを書くのか。この本は完全に後者です。彼らがやっていたことは、いわば今流行の偽装ですよ(笑)。いろんな惹句を使って嘘偽りの映画をでっちあげて。『ランボー』のポスターなんか、背景の夕日は熱海の夕日だし、摩天楼は映画の中には出て来ないし、機関銃を抱えた手はデザイナーの手ですから! そこまで勝手に作り替えちゃっているんです。今これをやったら、東和の重役たちは毎日記者会見ですよ」
帯のコピーは「コヤ<劇場>を満員にしろ! 他社を蹴落とせ! ヒットのためなら何でもやれ!」。斉藤さん曰く「恐らく日本で唯一の映画専門のコピーライター」である惹句師の関根忠郎氏が書かれたものですが、まさにその通りのことが行われていた時代を詳細に記されています。同じ時代を過ごした世代なら、共感し改めて当時の真実を知り、思い出に浸れる。でも当時を知らずとも文句なく面白いのです。仕事をこんなにも面白がってやっていた先輩たちがいたこと、今ではルールでガチガチの日本にも、めちゃくちゃやっていた時代があったのだということを知り、嬉しくなります。
「若い観客と配給会社が知恵比べをやっていたような感じでしたね。今度はその手できたか。お前ら騙されないぞ、今までどれだけお金払ったと思っているんだ! でも面白そうだな。ちょっと今回だけ付き合うわ......って行くと、どっから買ってきたんだこんな変な映画!というオチがつく。当時は情報が少なかったので、僕らお客の側にもおおらかさがあったんだと思います。これはこれで話のタネになるか、みたいなね。それに、実際に業界紙の記者になって、その変な人たちと会って、やっぱり魅力のある人たちだったんですよね。この本の帯の通りのことをやっていた張本人、松本勉さん(故人)は確かにお客を騙してきたけど、この人なりに筋を通している。変な理屈をつけて正当化しているだけかもしれませんが、それでも自分はこの人がいなかったら、中学生、高校生の頃、あんなに映画館には行かなかったんだろうなって。それは事実なんですよ。映画館に行かなければ業界紙の記者にもならなかったかなって」
そんな斉藤さん自身の、東和へのリスペクトというか、愛憎というか、そういう気持ちがベースにあるからこそ、この本自体もまた魅力的なのであり。そしてにわかでは決して真似のできない深く綿密な取材と、貴重な資料やデータの数々にも敬服です。
「東和関係の取材は、松本さんの下でずーっと宣伝をやっていた竹内康治さんに依頼しました。『サランドラ』(ジョギリ・ショックで知られる)の宣伝プロデューサーをやってお客を騙しまくった方ですが、今は映倫にいますからね(笑)。取材は二つ返事で引き受けてくれまして、竹内さんだけで8回はやりました。しかも一回の取材が3時間〜4時間かかっていますから、テープ起こしには1ヶ月ぐらいかかりました。専門用語も多いですし、テープ起こししてくださった方はかなり死んだと思います」
また、本の中に登場する数々の新聞広告も、斉藤さん自身が足で集めたものだそう。
「半年かけて、あちこちの図書館でコピーしたものなんですよ。映画宣伝の流れを見るんだったら、新聞広告を追いかけるのが一番いいだろうと思ってね。12〜13年分の新聞広告のコピーをファイルしていったら、数が多すぎてファイルが閉じなくなっちゃった。それをもとに何を聞いたらいいかを考えて、取材に行きました。取材対象は竹内さん含め業界紙時代に知り合った人たち。初対面の人への取材だとなかなか深く突っ込めないと思うのですが、知っている人たちでしたから"今言ったこと全部嘘でしょ?"とかツッコミながら取材ができたのが嬉しかったですね」
まさにその時代を経験し、長年コツコツと取材を積み重ね、映画業界内での信頼関係を積み重ねてきた斉藤さんにしか書けない本。さらに日本の映画宣伝の熱い部分の歴史を凝縮した証言書として、かなり貴重な本なのではないでしょうか。
データにこだわる理由
「よく言われるんです、数字のことを書くためにデータベースを持っているのはあんたぐらいだって。興行収入などのデータ類は、どこかにまとめておかないとバラバラになってしまうので、全部エクセルで管理しています。過去10年分の作品の成績がまとまっていますから、つまり映画会社の営業部のパソコンに入っているのと同じデータが、うちのパソコンにもあるらしいです」
映画好きであると同時に、数字好きでもあるのでしょうか?
「数字をいじっているのは好きですね。でも、なんでこんな結果になったのかなって考えるのも好き。データは所詮ただの数字ですよ。だからその数字が問題なんじゃなくて、それが何を意味しているかを書くのが僕の仕事だと思っていますから」
ところでジャーナリストが伝える情報の中には、ある人にとっては書いて欲しくないようなことが混ざっていることもあるはずです。でも斉藤さんの場合、フリーでやってきた17年間、一度もクレームを受けたことがないのだそうです。
「『映画宣伝ミラクルワールド』もそうですが、数字的な根拠というのを全部出しますから。それに、あいつに下手にクレームをつけると逆ギレするだろうという恐怖感があるのかもしれません(笑)。このライターはちょろいよって舐められるより、こいつ面倒臭くね?って思われている方が僕はいいと思いますよ。直すの面倒ですしね(笑)」
好きなことで食っていくということ
「よく人から"お前はいいよな、その年まで好きなことができて"って、言われるんですけど、僕に言わせるとそうじゃなくて、嫌いなことを全部やめていったんですよ。好きになれないことはやらなかった。今でもそうです。例えば嫌いな編集者からの仕事は断りますし(笑)。だから貧乏するんですけどね」
と、笑ってもいられません。実際、評論家たちの仕事も激減するなど、物書きの経済状況は非常に厳しいものがあるそうです。
「僕らの世代はオタク第一世代なので。好きなものから離れたくないという気持ちがありますから、映画について書くことは辞めたくないんですよね。同世代の評論家も、"苦しいけど今はとにかく書いていくよ"って言っています。僕もご多分に漏れず苦しいので、映画関連の講座などはちょくちょくやったりしています。ただ、毎年何らかの形で本を出しているので、なぜ斉藤だけが本を出せるのかとやっかむ上の世代はいるかもしれませんね。名だたる映画評論家でも自分の本を出したことがない人はいますから。でも本を出すと雑誌からの原稿依頼が減るんです。扱いづらい人というカテゴリーに入れられちゃうんでしょうね」
でも好きになったものをずっと好きのまま続けていくのは、なかなか難しいものです。すぐに飽きてしまって続かない、好きなことが何かわからない。そんな立場からすると羨ましい限り。
「自然にできたものですからね。誰かにそうした方がいいよと言われたこともありませんし。むしろ映画ばっかり見て!って、親からはずーっと説教されていましたから。でもそれでもやっぱりやめなかったんですよね。自分が好きで、親に隠れてやっていたことで、身を立ててしまったんですよ。だから小学校、中学校、高校の時に好きなことを始めたら、それを辞めない方がいいんです。親に隠れてでもやれ!って思いますね。もし自分に子供がいたらそうは言いませんが。他人の子供にだから言えることです(笑)」
そんな斉藤さんの部屋は、とにかく資料まみれ。ひとり暮らし1LDK52平米の部屋には、資料と本と段ボールが犇めき、火がつくと危ないので調理はすべて電子レンジという生活だそう。
「『映画宣伝ミラクルワールド』を書く時に一番役立ったのが、1980年から今に至るまでずっとファイリングし続けている映画のチラシです。公開された映画のチラシは可能な限りすべて集めるようにしています。1980年当時はまだ19歳、最初は純然たる趣味でしたが、それを毎年続けていったら、それがいつの間にか仕事になったんですよね。もちろん集める嬉しさや喜びは今もありますが(笑)」
中にはきっとプレミアが付いているのもあるんじゃないでしょうか!?
「そうかもしれませんが、それだけ売ると完全な形じゃなくなってくるので......。でも、怖いのはアルツハイマーだけってよく言うように、もし今までの映画の知識も全部消えてしまったら、自分はどう食っていったらいいのか。それを裏付けるために資料があるんですが、奥さんもいませんし、人間らしい生活はしていないかもしれない」
好きという気持ちが大きいほど、その代償はデカいのかもしれません。選ばれし人というのは、その代償を謹んで受け入れられる人なのです、きっと。
(取材・文/根本美保子)