連載
映画ジャーナリスト ニュー斉藤シネマ1,2

第18回 『前田敦子の映画手帖』〜前田敦子さんに、お願いがあります。

前田敦子の映画手帖
『前田敦子の映画手帖』
前田敦子
朝日新聞出版
1,080円(税込)
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●若手女優たちの快進撃、続く。

 昨今日本映画の若手女優たちの元気が良い。「若手」というのは、20才前後の年齢を指す。代表的な女優さんをあげると、『私の男』の二階堂ふみ、『寄生獣』前後篇の橋本愛、『ホットロード』の能年玲奈、『ビリギャル』のヒットが記憶に新しい有村架純、そして『まれ』で朝ドラ女優になった土屋太鳳等等...。もちろんそこには前田敦子も入っているわけだが、メディアを通し彼女たちの言動を見て驚くのが、その振る舞いがとてもオープンで自由なことだ。橋本愛が新橋の名画座にロマンポルノを見に行っていたと写真付きで告白し、能年玲奈は雑誌のインタヴューでの回答ぶりが、何やらぶっ飛んでいる。彼女たちより少し年上だが、吉高由里子は年内で退職するマネージャーに感謝を捧げるべく、雑誌のカラーページでツーショットをふんだんに披露。これを事務所が知り、雑誌は回収騒ぎになったと聞いた。

 「おいおい、事務所はちゃんと管理しないのかよ?」と思ってしまうのは、数年前まで女優やアイドルの所属事務所は彼女たちのプライベートまで、厳重に管理・ガードすることも大切な仕事との認識がこちとらにあるからだ。ところが今どきのヤング女優たちときたら、そんな縛りがあるのかないのか、実に開けっぴろげに、堂々とそのパーソナリティを披露してくれる。しかも美人で演技が巧いと来ているから、彼女たちの父親世代に属する身としては、その存在感は眩しい限り。

●「こんなに映画を見ている女優はいない」と豪語された女優。

 そんなヤング・アクトレス軍団の重要なメンバーである、もとAKB48の前田敦子が映画に関するエッセイを書籍として上梓した。題して『前田敦子の映画手帖』。評論でもない、ドキュメントでもない、映画を見て書いたエッセイ。その軽いスタンスがまず心地よい。1作品につきだいたい2ページの割合で、彼女が映画館やDVDで鑑賞した作品の感想やインプレッション、見どころが語られていく。その作品の選択センスには目を見張る。「女優さんで見る」「俳優さんで見る」「監督で見る」などのカテゴリーに別れているものの、『風と共に去りぬ』のような古典的名作から『タクシードライバー』『ナインハーフ』等、かつての問題作、さらに『スター・ウォーズ/エピソード1 ファントム・メナス』『アイアンマン3』に、『もののけ姫』『アナと雪の女王』まで登場するあたり、良い意味で節操がない(誉めてます)。ページの下部に著者御本人の写真が、パラパラマンガのようにレイアウトされているのは、美人女優が書いた本ならではの特典だなあ。50過ぎたおっさんの本でこれをやっても、鬱陶しさが増すばかり(やりたいと言っても、編集者が絶対に拒否するだろうし)。とにかく全ページに渡って、「こんなに映画を見ている女優はいない」と山下敦弘監督に言わしめた、映画好き女優の面目躍如といった感じの一冊だ。

●「視点がブレない本」でもある。

 単に映画の感想を書くだけだったら誰でも出来るが、『前田敦子の映画手帖』には、一貫した主張というか、ブレない視点がある。それは「女優さんがキレイかどうか。共感出来るキャラクターか?」ということである。

 例えば『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラと女優ビビアン・リーに対して「スカーレットもそれを演じるビビアン・リーも衝撃でした! ビビアンについては本も読みました。女性として生き抜いていて、本当にあこがれます。スカーレットのような芯の強さをつかみきってから、人生を終わりたいです、私も」と、映画から受けた衝撃がいかに大きかったかを、映画のキャラクターと演じた女優の両面から捉え、そこから受けた影響を率直に語っている。また能年玲奈が主演した『ホットロード』を見て、「和季役の能年玲奈ちゃんも本当にすてきだった。アップのシーンの表情が、とにかくきれい。そして学校で制服を着ているところも、堤防で女の子の友だちと話している時も、バイクの後ろの席にしがみついている場面も、ずっとかわいい!」と、彼女のキュートさに賛辞を惜しまない。そうかと思えば『シャイニング』を見たいと思っていたのに、怖い映画をひとりで見ることにためらいがあり、女友達が遊びに来た機会に、ようやく自宅で鑑賞したというエピソードが笑いを誘う。「私、ホラー映画に出ていますが、怖い映画を見るのはダメなんです(笑)」と白状するあたりが可愛い(笑)。

●「女優が女優を語る本」でもある。

 『前田敦子の映画手帖』を読んで気づいたのは、登場する監督や俳優に、すべて「さん」という敬称がつけられている。「ロバート・デ・ニーロさん」とか「原節子さん」とか。この「さん」をつけたのは、どういう理由か?と考えてみた。単に彼女が他者を指す時のクセなのか。それとも自身に大きな影響を与えてくれた人に対する、尊敬から出た言葉だろうか?

 答えは、後者のほうだと思う。
 この本は前田敦子という、女優を生業にしている女性が、同じく女優たちの仕事ぶりを鑑賞し、評価し、語った本である。いわば先輩たちの職業的成果を、まだ若い前田さん(私も敬称をつけさせていただきます。さすがに「あっちゃん」とは馴れ馴れしすぎて呼べない)がひとりの女性として、女優を仕事にしている立場としてどう捉え、そこから何を得たか。その痕跡を綴った本なのですから。

 映画とは、前田さんにとってなくてはならないもの。それは娯楽として楽しい時間を過ごすためであり、自分の仕事の成果が刻まれるメディアだという、二重の意味において。この本を読む人たちは、ぜひとも彼女が「さん」という敬称に込めた、リスペクトと緊張感を感じ取ってもらいたいと思う。

 最後に、まあどーでもいいことではありますが、前田さんより長いこと映画を見続け、いつの間にか映画関係の雑文を書くことを生業にしてしまった立場として、お願いがあります。
 『スター・ウォーズ』は「エピソード1」からではなく、出来れば「エピソードⅣ/新たなる希望」から見て下さい。『スター・ウォーズ』の面白さ、楽しさが凝縮されているのは「エピソードⅣ」から「エピソードⅥ」までの3部作で、「エピソード1」から「エピソード3」までは、映像特典として「はるか昔のそのまた昔、こんなことがありました」程度に見ておけば良いと思います。ぜひ。

(文/斉藤守彦)

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斉藤守彦(さいとう・もりひこ)

1961年静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、1996年からフリーの映画ジャーナリストに。以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「宇宙船」「INVITATION」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」等の雑誌・ウェブに寄稿。また「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」等の著書あり。最新作は「映画宣伝ミラクルワールド」(洋泉社)。好きな映画は、ヒッチコック監督作品(特に『レベッカ』『めまい』『裏窓』『サイコ』)、石原裕次郎主演作(『狂った果実』『紅の翼』)に『トランスフォーマー』シリーズ。

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