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映画ジャーナリスト ニュー斉藤シネマ1,2

【映画惹句は、言葉のサラダ】第1回 大ヒット作の宣伝惹句は、陳腐なものが多い?

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●『タイタニック』の惹句が思い出せない...

 ある日の夜。例によってダラダラと晩飯を友人と食べながら、これまたダラダラと映画のことを喋っていた。すると、どちらからともなくこんな話題に突入した。
「あのさ、『タイタニック』の惹句って、どんなのだったっけ?」
 唐突にそんなことを聞かれても、すぐに思い出せないのは、加齢のせいではないだろう。ちなみに「惹句」とは、言わば映画を宣伝するために使われるコピーである。新聞広告やチラシ、ポスターに大きく書かれている、映画を売り込むための仰々しい宣伝文句。本来ならば「コピー」と表現するところだが、「惹句」=「惹きつける句」という言葉のニュアンスが好きで、仲間うちでは「惹句」で通っている。映画宣伝の経験者によると「惹句とコピーは、違う!!」と豪語する人もいるほどだ。

 『タイタニック』は1997年12月20日に公開されたアメリカ映画で、2015年6月3日現在でも、我が国で公開された外国映画の興行収入歴代トップの座に君臨している。興行収入実に262億1000万円。セリーヌ・ディオンの歌う主題歌も大ヒットし、主演のレオナルド・ディカプリオの女性ファンが巷に溢れたことを、まるで昨日のことのように覚えているのも、これも加齢のせいだろか。
 さてその『タイタニック』の惹句を調べてみた。拙宅には1980年正月以降に公開された作品のチラシがファイリングしてあるので、1997年のファイルを探したら、あったあった。『タイタニック』のチラシ。その惹句はというと...。

 「運命の恋。誰もそれを裂くことはできない。」

 ...へえ。ラブ・ストーリーとして売ったんだなあ。まあこの映画の場合、日米同時公開だったから「全米大ヒット!! 興行新記録樹立!!」という常套句が使えなかっただろうし。だからといって「ジェームズ・キャメロン監督最新作!!」ってな惹句を使うのも、当時のキャメロン監督は「ターミネーター2」の大ヒットで、アクション映画のイメージが強いから、得策とは言えない。


●惹句が映画のヒットを牽引した時代は終わった?

 チラシの裏を見ると、こんな惹句が。

 「世界を沸かせる、世紀の映画。」

 ...うわあ、ださっ(笑)。
 「沸かせる」って、お風呂じゃあるまいし(笑)。
 うーん...なんでもこんなに陳腐なんだろうか? でも、実際にこの映画は大ヒットしたわけだしね。
 時々思うのは、例えば「我につくも敵に回るも、心して決めい!!」(『柳生一族の陰』)とか「決してひとりでは見ないでください」(『サスペリア』)とか、惹句が流行語になることで、映画のヒットを牽引したことがあった。主として70年代のことだけど、最近で言えば『アベンジャーズ』の「日本よ これが映画だ」というあの惹句は久々に大きな話題になったから、今でも「惹句への興味で、映画を見たくなる」ことはあるわけだ。

 『タイタニック』が公開された1997年12月という時期は、まだシネコンは外資系が数社しか展開してなかったし(前年の1996年の映画館入場者数=映画人口は、戦後最低だった)、インターネットや携帯電話もあることはあったけど、今ほど普及していなかった。うちなんてこの頃、ダイヤルアップでネットに接続していたし、スマホなんて言葉さえなかった。

 そんな「限られた情報を、取りに行かないといけなかった時代」に、この「世界を沸かせる、世紀の映画。」という惹句が『タイタニック』の大ヒットを後押ししたわけなんだが、よくよく考えると、陳腐ではあるけれど、誰もが理解出来る言葉を使っているこの惹句は、極めて一般的だと言える。『タイタニック』という映画を宣伝する上で必要なことは、まず第一に作品のスケールの大きさを訴えること。次にあのジェームズ・キャメロン監督がラブ・ストーリーを撮ったという事実。ただしこれは、映画を見た上で分かること。それが分かった時、凄いお得感を感じる。良い意味で事前の期待を裏切られる。この映画が大ヒットした理由って、そこにつきるんじゃないだろうか。そのお得感を映画鑑賞前に漂わせるような広告やチラシを作るのって、あまり効果的とは思えない。でも配給会社の人としては、そこをお客さんがちゃんと受け止めてくれるかどうかが不安だから、そこで「運命の恋。誰もそれを裂くことはできない。」というラブ・ストーリー的アプローチをしたんじゃないかと思うのだ。この場合も、一般性のある言葉で、ある意味陳腐に、誰もがイメージしやすいように。


●情報過多時代の惹句に求められるのは「差別化」。

 その『タイタニック』に続いて、我が国で公開された外国映画の歴代ヒット作のナンバー2にランクインしているのは、昨年大ヒットしたディズニー・アニメ『アナと雪の女王』。でもこの映画の場合も、とても印象に残る惹句があったわけではない。

 「ディズニー史上最高のスペクタクル・ファンタジー」

 ...まあこちらも陳腐っちゃ陳腐(笑)。いや「一般的訴求力が期待出来る」と言うべきか。しかしどーも「ディズニー・アニメ」というフレーズと「スペクタクル」という言葉の強烈さが水と油のように思えるんだがなあ。この映画のセールスポイントは、何と言ってもディズニー・アニメの新作であること。よそとは違うんだ!!あのディズニー・アニメの最新作なんだぞ!! とばかりに、ブランドを強調する惹句を用いたあたりは、とても今日的と言えるでしょう。『タイタニック』の時代とは違って、今や巷にシネコンも情報も溢れかえっている。たくさんの情報の中から、飛び抜けた存在にならなくては、鑑賞意欲を高めることが出来ない。だからこそ「よそとは違う」ディズニー・アニメというブランドをここまで強調するわけだ。そこで観客の好奇心を高めれば、あとは作品に内包されているドラマ的要素や音楽、キャラクターの魅力で引っ張っていける。それがうまいこと行った結果が、興行収入254億8000万円という大ヒットになったのである。


●『ハリー・ポッターと賢者の石』の場合

 そして歴代外国映画ヒット作の第3位に輝く『ハリー・ポッターと賢者の石』は2001年12月の公開。ちょうど『タイタニック』と『アナ雪』の中間にあたる時期。そしてこの年は、外資系と国内資本のシネコンが出店競争を繰り広げ、このことによってシネコンの存在が世間の話題になり、「一度行ってみようじゃないか」と、久々に家族揃って映画館で映画を見た国民が続出した時期。興行成績を見ても、2001年は『千と千尋の神隠し』の興収304億円を筆頭に『A.I.』『パール・ハーバー』『ジュラシック・パークIII』など、大ヒット作がバブリーに輩出された年。配給会社の人たちは、みんなウハウハでした、この頃。その2001年の年末に公開された『ハリー・ポッターと賢者の石』の惹句はこんな感じ。

「史上最強の物語(ファンタジー)がスクリーンに魔法をかける!」

 ...これは映画の存在を、最初にインフォメーションする「ティーザー」と呼ばれるチラシの惹句。だいたい映画が公開される半年〜1年ぐらい前に作られます。映画の公開が近くなると、「史上最強のファンタジーがやってくる。」と、すっきりした惹句を使っています。つまりこの映画の場合、最初から原作の知名度があった。ティーザーではそうしたファンに対して「映画になりますよ。見に来るんだぞ」というアナウンスを行ったのに対して、次のチラシでは、より広い対象に対して「史上最強のファンタジー」であることを訴えている。つまり固定客を掴みつつ、ターゲットを拡大していったのです。そしてこれが興収203億円の大ヒット。シリーズ第1作としては上々の成績で、以後2011年の完結まで大ヒットを続けて行ったのはご存じの通り。


●映画はメインディッシュ。惹句は前菜。

 ...とまあ、映画惹句をネタに、色々と思うことや考えたことを並べたわけだけど、例えば新聞広告に惹句が大きく書かれていたり、たまたま映画館でもらったチラシの惹句が、妙に気になってしまったり、記憶に残ったり。はい。その段階から映画鑑賞は始まっています。映画を映画館で見る行為は、いわばメインディッシュをいただくことと同義語で、その前に惹句を目にしてまだ見ぬ映画について想像力を働かせる。つまり惹句とは、フルコースで言えば前菜のサラダみたいなポジションにいるのではないだろうか。言葉で作ったサラダ。美味しいサラダを食べれば、自ずとメインディッシュへの期待が募る。逆に前菜が美味しくなかったりドレッシングがミスマッチだったりすると、メインディッシュへの興味は薄れてしまい、食欲も湧かなくなってしまうこともある。

 そんな映画の宣伝用惹句にまつわるエピソードや、これまでの出来事、あるいは論考などを、この連載でつらつらと書いていきたいと思うのであります。

(文/斉藤守彦)

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斉藤守彦(さいとう・もりひこ)

1961年静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、1996年からフリーの映画ジャーナリストに。以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「宇宙船」「INVITATION」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」等の雑誌・ウェブに寄稿。また「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」等の著書あり。最新作は「映画宣伝ミラクルワールド」(洋泉社)。好きな映画は、ヒッチコック監督作品(特に『レベッカ』『めまい』『裏窓』『サイコ』)、石原裕次郎主演作(『狂った果実』『紅の翼』)に『トランスフォーマー』シリーズ。

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