ノンフィクションを原作としながら脚色過程も描く入れ子構造映画『アダプテーション』
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ライターのスーザン・オーリアンは、新聞記事で知ったジョン・ラロシュという人物の密着取材を始める。ラロシュは極めて珍しい多数の蘭を不法に採取し裁判沙汰となっていた。オーリアンは、貴重な蘭を大量増殖して儲けるというラロシュの目論見よりも、蘭そのものに対して異様なまでに魅了されている、その情熱に興味を覚えたのである。
「わたしの世代の人間は、我を忘れた熱狂を恥ずかしく感じ、過剰な情熱は洗練されていないと信じているのだと思う。ただし、わたしには恥ずかしいとは感じない情熱がひとつだけある--何かに情熱的にのめりこむことがどんな気持ちか知りたい、という情熱だ」
オーリアンは取材を進めながら、その都度記事を雑誌『ニューヨーカー』に発表し注目を集め始める。そんな折、オーリアンにある話が舞い込む。ハリウッドでの映画化である。
三年後。脚本家チャーリー・カウフマンは同作のシナリオ化に取り組んでいた。チャーリーは虚実入り乱れる奇想天外なSFコメディ映画『マルコヴィッチの穴』が世界的にヒットし、一躍人気脚本家となっていたが、居候の弟ドナルドに邪魔をされたり、気になる女性にここぞというところで積極的になれず距離を取られてしまったり、スランプ続きで執筆は捗らない。ドナルドの勧めで人気シナリオ講師ロバート・マッキーにアドバイスを求めるも、「この作品にはドラマがない」などとけちょんけちょん。
長くなったが、以上が実在の脚本家チャーリー・カウフマンが手がけた映画『アダプテーション』の、およそ中盤までのあらすじだ。と同時に、上記第二段落、具体的には情熱について書かれた鉤括弧部分までは、実在のノンフィクション作家スーザン・オーリアンによる『蘭に魅せられた男 驚くべき蘭コレクターの世界』の内容でもある。原作読者からすると大幅な改変、というか要素が追加された映画版で、実際、原題の"Adaptation"は『ウィズダム英和・和英辞典』によれば「改作、脚色作品」という意味となる。が、同時にこの単語には「適応、順応」という意味も持つ。劇中でもこの単語はその両方の意味で使用されており、おそらくこのダブルミーニングからの飛躍的連想で、こうした奇妙な内容となったのだろう。
なお、オーリアンとチャーリー・カウフマンに加え、ラロシュとマッキーも実在の人物。いずれも本人ではない俳優が演じているが、実在の映画『マルコヴィッチの穴』関係者数名は本人役で出演もしているし、カウフマンが劇中で幾度か思いついて口にする脚色のアイデアは、実際にそれ以前の場面で映像化されていたりして、実にややこしい入れ子構造となっている。その上で中盤以降、マッキーが提唱するようなドラマチックな展開から、最後には感動的な雰囲気にすらなったりもする。いずれも事実を連ねていくノンフィクションの原作からは相当にかけ離れたものである。
原作巻末に収録されている著者インタビューで、オーリアンは「映画は映画なの。人生は人生。ふたつは同じものじゃないのよ」と話しており、これほどに自由な脚色でも原作者が納得していることに安堵する。もっとも「映画が本の核心を描いていたので、心からうれしかった。つまり、情熱を追求することと、それがいかにわたしたちの人生を形作っていくかってことをね」とも語っており、原作と脚色の関係は一筋縄ではいかないんだよな、と改めて思うのであった。
※引用部分はスーザン・オーリアン『蘭に魅せられた男 驚くべき蘭コレクターの世界』(羽田詩津子訳・早川書房/ハヤカワ文庫NF)p64、p430から。
(文/田中元)
文/田中元(たなか・げん)
ライター、脚本家、古本屋(一部予定)。
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