もやもやレビュー

【無観客! 誰も観ない映画祭】第25回『ミスター・ルーキー』

ミスター・ルーキー [DVD]
『ミスター・ルーキー [DVD]』
長嶋一茂,鶴田真由,橋爪功,駒田徳広,國村隼,山本未來,宅麻伸,井坂聡,井坂聡,鈴木崇,長嶋一茂
ジェネオン エンタテインメント/角川書店
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『ミスター・ルーキー』
2002年・東宝・118分
監督/井坂聡
脚本/井坂聡、鈴木崇
出演/長嶋一茂、鶴田真由、駒田徳広、國村隼、橋爪功、竹中直人、宅麻伸、山本未來ほか

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 阪神タイガース、18年ぶりの優勝おめでとうございます!! 今回は、全国阪神ファンの皆様に向けてお届けます。映画制作の前年(2001年)まで15シーズンで最下位10回という「阪神暗黒時代」と呼ばれた頃の弱小球団が、優勝まで駆け上がるファン感涙の作品です。


 時は200X年の夏。東京ガリバーズ(大人の事情で名称を出せないのか、読売ジャイアンツの変名)と首位を争う阪神に救世主が現れます。試合終盤になるとミスター・ルーキーと名乗る虎柄の覆面を被ったピッチャーがマウンドに現れ、剛速球でバッタバッタと打ち取っていくのです。無名選手による快投乱麻の活躍で阪神は連戦連勝を重ねるのですが、なぜか彼は甲子園球場でしか登板せず、正体は謎に包まれていました。でもプロレスならタイガーマスクで許されますが、本名も経歴も不詳の人物が覆面で顔を隠してプロ野球の試合にフツー出られませんよね。そこはファンタジーとして深く考えてはいけないようで、大目に見ましょうってハナシです。

 で、その正体ですが、なんと単なるビール会社の営業マン、大原幸嗣でした。この大原は、長嶋茂雄ジュニアの長嶋一茂がタレント転向初期に演じたものです。かつてプロのスカウトが注目する高校野球のエースだった大原は、甲子園予選大会で肩を故障しプロ入りを断念していたのです。普通に就職し家庭を持った大原は、ある日、草野球でピッチャーをやらされ肩に激痛が走りマウンドにうずくまってしまいます。すると見物していた中国人の整体師・楊(國村隼)が、酔狂にも治療費無料でマッサージと塗り薬を与え、大原の肩を治してしまったのです。

 トレーニングを重ね剛速球が復活した大原を、楊は試合がない日の甲子園球場に連れて行きます。待っていたのは阪神の監督・瀬川(橋爪功)でした。実は楊の本業はスポーツ用品メーカーで、商品をタイガースに卸していた縁から瀬川監督に大原を推薦していたのでした。無人の甲子園球場で大原の入団テストが始まり、見事合格。ちなみに大原の球を受けていた二軍捕手は、一茂と立教大学時代にクリンナップを組み、後に日本ハムへ入団した矢作公一です。大原は会社にも家族にも内緒で、会社帰りに投げられる甲子園球場限定のリリーフ投手として33歳という超遅咲きデビューを果たしたのです。ちなみにプロ野球選手の兼業は規約で禁止されていますが。

 そして、ついに優勝を懸けたガリバーズとの最終決戦。試合には当時の大阪府知事・太田房江(本人)も応援に駆けつけました。まず昨年まで阪神にいてガリバーズに移籍した4番・武藤が、藪恵一と矢野燿大の阪神現役バッテリーから先制ホームランを放ちます。武藤を演じたのは巨人と横浜ベイスターズに在籍していた駒田徳広。これが素人とは思えない名演技で、敵に中指立てたり罵声を浴びせたりと現役時代の悪態(ホームランを打った相手投手に「バーカ」)そのままなのも笑えます。武藤は高校時代の大原のライバルで、投球フォームからミスター・ルーキーの正体を既に見破っていました。

 さらに現役OB合わせた阪神選手が、実名で出演しているのもファンには堪りません。「代打の神様」と呼ばれた八木裕、暗黒時代の4番・桧山進次郎、そしてチャンスにコールされた代打は、な、なんとランディ・バース!! 1985年の優勝時に三冠王を獲得しMVPに選ばれ、「史上最強の助っ人」と呼ばれたレジェンド外国人選手です。これには解説者の田淵幸一(70年代の4番)も「バースだ!」とビックリし(笑)、バースは見事に逆転ホームラン! 実はここ、本来なら掛布雅之(80年代の4番)が登場するはずだったのですが、巨人の選手だった一茂が阪神のユニフォームを着る事に猛反発し、出演オファーを断っていたのでした。そして9回、1点リードを守るためマウンドにミスター・ルーキーが上がり、最後のバッター武藤を迎えます。その時! ここでミスター・ルーキーは......。

 3万人の観客エキストラを集めた試合シーンは、実際のプロ野球中継を再現した画面構成。実況は地元ABC朝日放送の本物のアナウンサー達。解説者も田淵以下、吉田義男(85年優勝時の監督、元阪神の名ショート)、中西清起(85年優勝時の胴上げ投手)。審判団、甲子園球場のスタッフ、ボールボーイ、スタンドの売り子、警備員、私設応援団もみな本物。東京大学野球部出身の井坂監督ならではの、リアリズム溢れるこだわりの演出です。その他の選手・コーチ達も地元社会人野球チームの混成軍で、その中には大物がいました。劇中にリリーフで出て来て敗戦投手になった当時大阪ガスの能見篤史は、2年後に阪神へ入団し(契約金1億円!)、背番号も映画と同じ14番。のちに左のエースとして阪神で通算104勝を上げるのでした。


 2002年の阪神は闘将・星野仙一を監督に迎え、映画が公開された春先に開幕7連勝という好スタートで首位を走りましたが、相次ぐ主力の故障で結局4位に沈みました。そして翌2003年、金本知憲(広島)を始めとする大型トレードで獲得したメンバーが大活躍し、めでたく阪神は映画と同様、本当に優勝してしまったのです。すると作品のDVDに注文殺到、バカ売れしたとのことでした。

 今年の7月18日、脳腫瘍のため2019年に退団していた横田慎太郎が、28歳という若さでこの世を去りました。将来を嘱望された素質抜群の選手というだけでなく、その人柄も周囲に愛されました。優勝マジック1で迎えた9月14日、まるでミスター・ルーキーのように9回を抑えたのは、横田と同期入団の岩崎優。歓喜に沸くナイン達は、岡田監督の次に岩崎を胴上げしました。彼の手には横田の実家から取り寄せたユニホームが握られ、背番号24が颯爽と宙を舞いました。奇しくも優勝メンバーのほとんどは、新人時代に横田と共に汗と涙を流した同世代。チームは「慎太郎に優勝を見せる」と一丸になって戦っていたのです......。間宮祥太朗主演でドラマ化もされた横田の著書『奇跡のバックホーム』は、阪神以外の球団ファン、野球を愛する者、野球に興味のない方々にも一読をお薦めします。


――この原稿を横田慎太郎に捧ぐ。

【著者紹介】
シーサーペン太(しーさー・ぺんた)
酒の席で話題に上げても、誰も観ていないので全く盛り上がらないSF&ホラー映画ばかりを死ぬまで見続ける、廃版VHSビデオ・DVDコレクター。「一寸の駄作にも五分の魂」が口癖。

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