もやもやレビュー

成り上がりを妄想して脳をハイにする。『フィクサー THE FIXER』

フィクサー [DVD]
『フィクサー [DVD]』
白竜,石原和海,崔哲浩,飛野悟志,宮村優,城島想一
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 最初に勤めた出版社で上司から教わった優れた文章の条件が「中卒の肉体労働者がクタクタに疲れた状態で酒を飲みながら読んでも分かること」という内容だった。人生をこじらせ過ぎて大学の同期が大手企業に進む中、零細出版社に入社した筆者にとっては「何を言っているのか」と思ったものだったが、数カ月後、過労死ラインをブッチ切りの過剰労働を酒で癒す日々を送るようになると、上記の言葉の意味が身をもって痛感できた。

「仕事でくたびれている時に小難しい文言など読みたくもない」と、図らずも読者視点に立った雑誌を作ることが可能になった訳だ。当たり前だが、難解な文芸や哲学など凡夫凡婦には暇がなければ理解する余裕などない。

 映画についても同様だろう。難解なテーマの作品を楽しめるのは生活以外について考える余裕がある人間か、通ぶりたい阿呆くらいなものである。自身が深刻な状況に置かれている時に、人間の苦悩を主題とした作品を観たら視聴後に首の一つでも吊りたくもなろう。


 このような視点から見ると、Vシネマというジャンルは非常に素晴らしい。テーマがセックス、バイオレンス、ギャンブルなので脳が瀕死状態で鑑賞しても何が描かれているか理解できるし、主題が欲望火の玉ストレートなためカタルシスも得られる。最高だ。ただし、どの作品を観ても内容に差異を見出しがたい。まぁ、マンネリだと言い出したら大体の娯楽映画はどれも似た中身なので、大した問題ではあるまい。従って今回セレクトした本作がVシネマの中で特に優れていたのか分からない。単純に過労で倒れる寸前に鑑賞したからなのか、何か思うところがあったのか。

「内容などない」と断言したが、一応あらすじを説明すると、戦後最大の詐欺事件「イトマン事件」の許永中をモデルとした在日韓国人の趙優大(白竜)が日韓の架け橋になろうと志すも夢破れ、暴力団などと渡り合ううちに財政界の闇のフィクサーとして成り上がるというもの。結末は現実の事件の通りなので特筆すべき点はないが、白竜が知略と暴力で成り上がっていく様は、自身と全く共通点がないのに高揚する。映画レビューサイトなどを覗くと低評価だが、多分レビュワーは幸福な人生を歩んでいるのだろう。

「今は底辺の暮らしだが、いつかは全てを意のままに操る人間になりたい」という身も蓋もない欲望を、明確に打ち出されてハイになれるのは、まぁ世間で言う「不幸な人」くらいだろう。


 都市部のニュースを見ていると、再開発だ何だと景気が良さそうな話が聞こえてくるものの、地方は絶賛衰退中だ。そういう疲弊した土地に住んでいる人間には、日本が栄えていた時代が放つゼニと権力という単語が異様に輝いて見えるのである。

(文/畑中雄也)

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